6後後-17 迷宮探検?3
「ど、どうするんですか?!」
今更ながら事が緊迫した状況にあることに気づいたのか、つい先程まで、市民たちのことを口にするかどうかを悩んでいたはずのシルビアが、そんな慌てふためいた声を上げた。
「どうするって・・・それは助けるしか・・・」
そう口にしてから・・・しかしユリアは、難しい表情を浮かべながら固まってしまう。
「(地表に下ろしたら魔力が吸われてしまうのよね・・・)」
もしも、ジャングルの木々(ドライアド?)から人々を開放したとしても、その避難先がどこにもないことにユリアは気づいたのだ。
「・・・?どうしたんですか、先p・・・あっ、そっか。助けたとしても、今のままじゃダメですよね・・・」
そんな彼女の姿を見て、シルビアもこの問題に気付いたようだ。
『・・・』
それから短い時間、考えこむ2人。
そしてユリアは・・・一つの選択肢を口にした。
「ねぇ、後輩ちゃん。その靴底、厚いわよね?」
「・・・え?」
一体、急に何を言い出すのかと、先輩に対して怪訝な表情をユリアに向けるシルビア。
するとユリアは、
ガシッ!
宙に浮かぶ白い天使姿のシルビアの肩に手を置いて、ニッコリと微笑みながら、続きの言葉を口にした。
「あの壊れた城の上に降りて、魔力が吸われるかどうか確認してみてくれない?人工物の上なら、もしかしたら安全かもしれないから」
「えっ・・・それ靴底の厚み、関係ないじゃないですか!?というか、先輩、自分で試したらどうなんですか!」
「ううん」
それからユリアは微笑みながら首を振って言った。
「あまり人に話すことでも無いんだけど・・・私そんなに魔力量多くないしね・・・」
「私だってそうですよ。飛ぶ以外で魔法なんて使ったこと無いですし・・・」
と、現在も、無意識の内に天使に変身しているシルビア。
なお、言うまでもないことだが、魔力量が少ない者が、大量の魔物を幻影(?)で蹂躙したり、極超音速で飛行出来たりできるわけがないことを、一応記しておく。
「・・・分かりましたよ。さっき『試してみる』って言った手前もありますからね・・・。ていうか、降りた途端、一気に魔力を持っていかれるとか・・・無いですよね?」
シルビアは先程、一瞬だけ天井には触れたのだが、それでも念の為に、経験者に対して問いかけてみた。
「そうね・・・私も一回しか経験は無いんだけど、5分くらいで意識が混濁してくるレベルだったわね・・・」
「・・・(そんな長い間、魔力を吸われ続けてたのに気づかなかったんですね・・・先輩)」
それからシルビアは、目の前にいた先輩に向かって生暖かい視線を向けると、石で出来た城の跡地へとゆっくり降りていったのである・・・。
カツン・・・
「・・・どう?」
硬い靴底が、同じく硬い石の上に降りる音が周囲に響き渡る中、シルビアに対して恐る恐る問いかけるユリア。
「んー・・・魔力を吸われた感覚っていうのがよく分からないですけど、多分吸われてないんじゃないですか?特に気分が悪くなる感じはありませんし・・・」
そう言いながらシルビアは、直接、崩れた城の壁に手を触れてみた。
「うん。大丈夫そうですね」
「・・・そう。一応、私も試してみるわね」
そう言ってユリアも降りようとするのだが・・・
プルプルプル・・・
「・・・どうしたんですか先輩?まだ5cmくらい浮いてますよ?っていうか、どうやったらそんなピッタリと空中で止まれるんですか・・・?」
そんなシルビアの言葉通り、ユリアはまるで見えない壁に阻まれているかのような絶妙な動きをしながら、空中に浮いたまま降りようとしなかったのである。
「・・・これは・・・多分、トラウマ。コルテックス様に聞いた、PTSDってやつだと思うわ・・・」
「(トラウマを負うようなことが有ったとは聞いてないんですが・・・。その逆のことはあったみたいですけどね・・・)」
一瞬、心の底から真っ黒な何かが溢れそうになったシルビアだったが・・・どうにかソレを抑えると、この件については忘れることにしたようだ。
・・・なお、ユリアのソレが、果たして本当にトラウマやPTSDの類なのかは不明である。
「・・・ともかく。この城が大丈夫なら、街の人達をここまで連れてきましょう?」
「あ、はい。でも・・・どうやってですか?一人ひとり運ぶんですか?」
何千人、何万人いるのか分からない人々を、ユリアとシルビアの2人だけで担いで運ぶのは・・・間違いなく不可能であった。
あるいは天使化したシルビアなら、ほぼ無限の体力(?)を使ってどうにか救える可能性も否定はできないが、彼女自身がその力に気づいていない以上、残念ながらそれは選択肢に入らなかったようである。
しかし、どうやらユリアには妙案があるらしく・・・
「いえ?それはもちろん・・・」
そう言うと彼女は、両手を左右に突き出すと、その腕から幻影の・・・・・・触手を作り出したのである。
「うわぁ・・・」
「ん?何か言った?」
「い、いえ・・・(なんか、シリウス様よりずっと魔王っぽい気が・・・)」
ユリアの腕の10cmほど先から生えた無数の触手に、思わず身構えてしまうシルビア。
ともあれ、ユリアはその腕を器用に操って・・・
バキバキバキ・・・
と、ジャングルの木々を根こそぎへし折って、その中から人々を救い始めた。
その際、触手に巻かれる形で宙を舞う老若男女の市民たち・・・。
「・・・」
彼らが救出されている間、その光景にシルビアは難しい表情を浮かべ続けていたのだが・・・どうしてそんな表情をしていたのかについては、まぁ、説明するまでもないだろう。
・・・それから5分ほど経過して。
「まぁ、こんなところね」
目に付く範囲にいた人々を粗方救出し終わると、ユリアは腕の触手を虚空へと消して、城の瓦礫の上5cmほどの場所に、疲れた様子で器用に座り込んだ(?)。
「・・・お疲れ様です。というか、地面に降りればいいじゃないですか・・・」
「えっ?・・・あれ。降りてなかったんだ・・・」
シルビアに言われて、初めて気づくユリア。
「・・・これは・・・きっと特訓の成果ね」
「特訓の成果?トラウマじゃなかったんですか?」
まさか、自分の発言と行動に気づかないほどに鈍感になる特訓でもしていたのか、と思いながら、シルビアは問いかけた。
すると、ユリアは訓練の内容について、ニヤリとした笑みを浮かべながら話し始めた。
「前に、体重計の話してたじゃない?」
「はい。ウチの母が日頃の運動不足を解消するために、体重計をトレーニング器具として使ってるっていう話ですよね?」
「そうそう。だいたいそんな感じの話。それでさ、ここ最近、普段のワルツ様みたいに地面から少し浮く、みたいな真似事をして、できるだけ針を振れさせないような訓練をしてたのよ」
「あ、そういうことだったんですね。先輩、何か最近、浮いてるなーって思ったんですよ」
「・・・ちょっと待って、後輩ちゃん。それどういう意味?」
「えっ・・・?」
「えっ・・・?」
ドゴォォォォン!!
・・・どうやら、彼女たちは無駄話を展開していたせいで、敵の接近に気づかなかったようだ。
いや、正しくは、接近ではなく、発生、と言うべきか・・・。
先程、ユリアが瞬殺で倒した、口蓋垂のような迷宮の肉壁が天井から分裂して、先程までジャングルだった更地に落下してきたのだ。
「あー、また面倒なものが降ってきましたよ?」
「うーん、嫌なタイミングね・・・。まだ詳しく問い詰めてないのに・・・・・・まぁ、とりあえず」
バチュン!!
上から叩きつけるかのように、巨大な幻影の手のひらを叩きつけるユリア。
「・・・容赦無いですね・・・。部屋の中でGが出ても、同じようにして殺ってるんじゃないですか?」
冗談半分でそんなことを口にするシルビア。
・・・だが、
「っ?!」
何故かユリアは、直ぐに幻影の手を退けると・・・そこまでの彼女の表情とはまるで異なった苦々しい表情を浮かべながら、空中で後ずさった。
その様子を例えるなら・・・いや、やめておこう。
「あいつ、幻影から魔力を吸い取ろうとしたわ・・・」
「あ、そうですか(今度は分かったんですね・・・)」
「何か・・・冷たくない?後輩ちゃん」
「おっと、まだ終わってないみたいですよ?」
そう言ったシルビアの視線の先では・・・潰れしまった魔物(?)以外にも、直径5mほどの肉の塊が、大量に天井からブチブチと外れて、地面に降り注いできていたのである。
「幻影以外にどうにかする方法はないんですか?」
「あのね?後輩ちゃん。私がそんなに万能なら、今頃、ワルツ様のことを無理やり押し倒すくらいのことはやってるわよ?」
「確かに・・・」
「・・・なんか、あっさり返されると、それはそれでキツイものがあるわね・・・」
始まりは自分の発言だというのに、言った後で後悔するユリア。
「でもどうするんですか?こんな狭い空間だと、私が飛んで(衝撃波で)吹き飛ばすっていうのもできないですよ?」
「魔力を吸われるけど・・・幻影魔法に頼るしか無いのかしら・・・。でも、できれば避けたいわね・・・」
2人が話している間も、まるで巨大なスライムのようにして城へと近づいてくる肉塊。
そして、城には、数万に及ぶ、意識を失った人々。
・・・彼女たちは行動の選択に迫れていた。
そんな追い詰められた状況にあったユリアは、魔力を座れることを承知で、渋々、幻影魔法を行使することに決めたようだが・・・その際、崩れた城の縁に立って迫り来る魔物たちの様子を見ていたシルビアが、こんな適当なことを呟いた。
「もう、石をぶつけたら、簡単に爆散しないですかね?」
「そんな訳・・・あ」
そして固まるユリア。
「あ、そっか」
するとユリアは、幻影(?)で城を構成していた石を掴み取ると・・・
「とうっ!」
ブゥン!!
ドシャァァァン!!
迫り来る魔物に対して投げつけたのである・・・。
「あー、なるほど。それなら直接触れないですから、問題無いですね」
「でもさー、まだこれくらいの数なら良いんだけど、数が増えてくると、疲弊もするし、城の石も無くなっちゃうわよね・・・」
ユリアの後ろには、まだ多くの瓦礫が飛散していたが、それも無限ではなかった。
その上、人々が上に乗っている以上、城の土台部分を破壊する訳にもいかなかったのである。
「こんな小石じゃ、投げても大したダメージならないですしね・・・」
足元に転がっている小石を手にとって弄びながら、そんなことを口にするシルビア。
「こんなピンチの時に協力できないなんて・・・本当に申し訳ないです・・・」
そして彼女は・・・その石を、天井も壁も無くなっていた城の上から、50m以上離れた肉塊に向かって投げつけたのである。
・・・それは、特に意識して投げつけたものではなかった。
魔物を倒すためのものではなく、不甲斐ない自分に対するどうにもならない気持ちを込めて・・・すらいない、本当に適当な一投だったのである。
例えるなら、川や湖を見ると、石を投げたくなるとの同じ原理だろうか・・・。
そんな石が・・・
ドゴォォォォン!!
シルビアの手から極超音速を超えた速度で放たれ、瞬時にバラバラになって・・・まるで散弾のように、迫り来る魔物に対して降り注いだのである。
ドシャァァァン!!
そして着弾(?)した瞬間、文字通り肉塊になる肉の塊・・・。
そんな光景に、
『?!』
ユリアも、そして石を投げつけた本人であるシルビアも驚愕した表情を浮かべた。
「す・・・凄いですよ!」
「いや、本当に凄いわね・・・」
遂にシルビアが、彼女に秘められた天使の力に目覚めたのかと、内心でホッとするユリア。
「この城の石、すごい威力ですよ!」
「あ・・・そっち?」
・・・しかし、どうやら、それはユリアの思い違いだったようだ・・・。
「これ、どんな魔法の石材なんでしょう・・・」
「・・・(うん。ただの石だと思う・・・)」
本気で、自分の力が分かっていない様子のシルビアに、指摘しようかどうか悩むユリア。
だが、これまで、仲間の誰ひとりとして指摘してこなかったので、そのまま口を噤むことにしたようだ。
・・・それからも、一方的な蹂躙劇が続いていった。
ドシャァァァン!!
グシャッ!!
ひたすら、そんな水っぽい音が鳴り響くだけの惨状なので説明は割愛するが・・・ともかく、全く危なげない様子で戦闘(?)は続いていったのである。
・・・そして、最後の1匹になった時。
「どうします?」
「もう疲れたから、後輩ちゃんが片つけちゃって?」
「良いんですか?」
「いいも何も、別に競ってるわけじゃないから、やっちゃっていいわよ・・・(後輩ちゃんは良いかもしれないけど、こっちは幻影魔法を使えば使うほど魔力が減ってくんだから・・・)」
「そうですか・・・」
何処か寂しそうに、そんな言葉を呟くシルビア。
「・・・分かりました!」
そう言うと彼女は、気合を入れた様子で、近くにあった城のオブジェの残骸の中から、何やら宝石のように輝く、一段と硬そうな石ころ(?)を手にとったのである。
普通の石材では何故か簡単に砕けてしまうので、最後の一発には適さないと思ったらしい。
「じゃぁ、いっきますよー!!」
「うん。頑張ってね・・・(ねぇ、後輩ちゃん・・・。手に持ってるソレ・・・何か知ってる?)」
疲れすぎたのか、呆れすぎたのか・・・ユリアは小さく苦笑を浮かべながら、彼女の一投を見守った。
・・・なお、シルビアが投げようとしているソレは、拳大もある巨大なガーネット。
原石ではなく、研磨した状態でその大きさなので・・・価値にすると、数億から数十億ゴールドにも及ぶとんでもない一品であった。
まぁ、それ以上の価値があるオリハルコン塊が、ミッドエデンの地下工房に無造作に転がっているので、彼女たちにとっては強ち高いものとも言い切れないのだが・・・。
そして、
「とうっ!!」
シルビアの手から放たれた一投は・・・
ポイッ・・・
そんな、年頃の少女が石を投げるかのような軌道を描いて、地面へと落下した。
『あ・・・!』
そしてとあることに気づく2人。
ユリアの方は・・・
「(あー、天使化が解けちゃったのね。魔力切れかしら?)」
と思っていたのに対して、シルビアの方は、
「(あー、やぱり城の石材じゃなかったからダメだったんですね。てっきり、私の力が爆発的に増したのかと思いましたが、やっぱりそうはいかないですよね・・・。この際だし、この石材を持って帰りましょうかね?)」
などと、考えているのであった。
「・・・仕方ないわね。私が片つけるわ」
「すみません・・・」
と、真っ黒な髪、翼のシルビアは申し訳無さそうに呟く。
・・・そんな時だった。
ゴゴゴゴゴ!!
・・・どういうわけか、シルビアが投擲して落ちたガーネットを中心に、地面が輝き始めたのである。
「うっそぉ・・・?!」
「おぉ・・・やっぱり、私、強くなってたんですね!」
2人がそんなことを言い終わった頃だった。
ボフンッ!!
そんな言い知れない音を上げて、急に地面に穴が空いたのである。
むしろ穴が空いたというよりは、そこにあったものが、急に消えたと言うべきか・・・。
それは迫っていたスライムのような肉塊も例外ではなかった。
「よし!」
その光景に、自分が倒したものだとガッツポーズを取るシルビア。
だが・・・どうやら、最後の魔物(?)を倒したのは、彼女では無かったようだ。
「あれ?なんでこんなところに、2人がいるの?」
「あ、ホントだ。どうしたのユリアお姉ちゃんと、シルビアお姉ちゃん?」
『わ、ワルツ様とルシアちゃん?!』
そう。
突然開いた穴から、先程、別の経路から迷宮の中に突入したワルツたちが現れたのである・・・。
あーれ、おっかしいのじゃ。
どうも、ユリアたちの話を書くと、筆が進んでしまうのじゃ。
・・・ライバルなのにのう・・・。
まぁ、それはさておき、補足なのじゃ。
・・・補足というほどではないのじゃが、『危なげない』と言う言葉については、わざわざ説明する必要は無いじゃろう?
それでも一応説明しておくが、『危ない様子を見せない《・》』という意味なのじゃ。
逆の意味で使われることが常態化しているから、念のための説明なのじゃ。
・・・ぬ?妾の文で、たまに使い方を間違えておる部位がある?
・・・いや、分かっておるのじゃ。
執筆レベルの問題、と捉えて欲しいのじゃ。
あと、シルビアの話じゃ。
本人が気づいておらぬだけで、完全に天使なのじゃ。
じゃから、魔法を使おうと思えば、使えるのじゃが・・・いつになったら、気づく日がやってくるのじゃろうかのう・・・。
あとは・・・よいかのう。
一つ書ききれておらぬことがあるのじゃが、それは次回の頭で話すのじゃ。
あ、それとなのじゃ。
サイドストーリーについては・・・シリーズの中に入れておくことにしたのじゃ。
この話をどういう位置づけにするか悩むところなのじゃが・・・まぁ、なるようになるじゃろう。




