1.2-06 町への旅6
それ自体が魔法の詠唱のようなものだったのか、勇者が技名を口にした途端、彼の手の中にあった聖剣が光を放ち始めた。
より具体的に言うなら、聖剣の刃に刻印されていたワルツには分からない文字が、金色に輝き始めたのだ。
その刃は、勇者の腕力によって猛烈な加速度を伴いつつ、背の低かったワルツの頭へと振り下ろされつつあって……。
それを放った勇者からは、『力ずくで事情を聞く』という当初の目的は失われていたようだ。
尤も。
目の前に得体の知れない”バケモノ”がいた上、それをまだ若く経験の浅い勇者が対処しなければならなかったことを考えるなら……。
彼が目的を見失ったとしても、仕方のないことなのかもしれないが。
そして剣は、刹那の時間で、ワルツへと届くかどうかといったところまで落ちてきた。
……だが、その凶刃が、彼女の頭へと落ちることは無かったようである。
――――ピタッ
突然、慣性を無視して、剣が空中で静止したのだ。
その様子を見て――
「…………?!」
唖然として固まってしまう勇者。
それから彼は、必死になって剣を動かそうとするのだが、うんともすんともいわない自身の剣を目の当たりにして……。
遂に彼は、言葉どころか、抵抗する気すら失ってしまったようだ。
そんな勇者は、今までの人生で、おそらく一度たりとも自分の剣を止められた経験が無かったのだろう。
そんな彼の目の前にいたワルツは、顎に指を当てながら、聖剣を物珍しげにしげしげと観察すると……。
満足したような表情を浮かべてから、勇者に対し、こう言った。
「んー、流石に、こんな怪しげな刃物で叩かれたら、光ファイバーが切れちゃうかもしれないから、止めさせてもらうわよ?あと……勇者だかなんだか知らないけど、ただ歩いているだけで、見ず知らずの人にいきなり斬りかかってくるのはどうかと思うから……これ以降、こういうことがないように――この刃物は折らせてもらうわね?」
と、ワルツが事も無げにそう口にした瞬間だった。
ブゥン……
という低い音がしたかと思うと、何も無い空間に、真っ黒な幾何学形状の”巨大な手”が現れて――
「あっ……」
勇者の手から、金色に輝く聖剣を無理やりに奪うと――
バキバキッ……
と、それをいとも簡単に握りつぶしてしまった。
ワルツの機動装甲の手が、生物の握力と比べることすらバカバカしくなるほどの圧力で、剣を粉砕してしまったのだ。
結果――
ドサッ……
と、眼を見開いたまま、その場の地面に崩れ落ちる勇者。
どうやらワルツが砕いてしまったのは、彼の剣だけでは無かったようである。
それからワルツは、勇者に戦意が無くなったことを確認してから、狩人のことを重力制御システムで作り上げた力場で持ち上げて……。
自身の背中に隠れながら、事の一部始終を観察していたルシアに向かって、こう口にした。
「……さてと。ルシア?いつまでもここにいたら日も暮れてくるし、そろそろ行くわよ?」
「う、うん!(やっぱりお姉ちゃん、理不尽……)」
そんな会話を交わしてから。
自分たちを避けるようにして勝手に消えていく炎の中を、ゆっくりと歩き始めるワルツとルシア。
少し先にいた魔法使い風の姿をした少女や、意識を失ってなお、剣を放していなかった剣士の横を通り……。
最後尾にいた壮年の男性と、どこかのRPGに出てきそうな僧侶のような格好をした少女の横も素通りして……。
ワルツたちは森の中を堂々と歩いていった。
そんな彼女たちへと残った勇者パーティーの面々が攻撃を仕掛けてこなかったのは、すでに自分たちの敗北を受け入れていたためか。
そこからさらに歩き続け……。
そして、ルシアが後ろを振り向こうとした――そんな時である。
「んー……このまま立ち去ろうと思ったけど、勇者と剣士だけが痛い目に遭うっていうのはどうかと思うから……やっぱり、全員にお仕置きしておくわね?」
ワルツは立ち止まると、後ろを振り返って、そんなことを口にしたのだ。
そして――
「……避けなさい」ブゥン
ドゴォォォォォン!!
「「「「かはっ!!」」」」
まるでその場の重力だけが強くなったかのように、勇者パーティーの面々が、地面へと膝から崩れ落ちた――その瞬間だった。
チュウィィィィ……
そんな、誰も聞いたこともないような甲高い音が周囲の森へと響き渡って――
――――――――!!
……勇者たちがいた場所よりも後ろ側の森が、突如として暴風に包まれたのだ。
そこで何が起ったか。
炎に包まれたわけでも、爆発したわけ、風魔法が吹き荒れたわけでもない。
――あたかもそこに元々大きな穴が開いていたかのように、広大な森が半分以上が一瞬にして消え去ってしまったのである。
その原因となったワルツは、空間の歪のように現れていた機動装甲を再び不可視の状態に戻して、それから勇者たちに背を向けると……。
森の出口があるだろう方向に向かって、再び歩き始めた。
その際、彼女の眼には、真っ赤な二重の虹彩が浮かび上がってきていたのだが……。
それに気づいた者は、隣りにいたルシアを含め、誰1人としていなかったようである。




