6後後-10 帝都防衛6
「うわぁ・・・すごい量の魔物ね・・・」
会議室の窓から飛び立ったユリアの目に入ってきたのは・・・まるで滝から水が落ちるようにして、魔物たちが城の堀に次々と飛び込んでいく姿だった。
結界がダムのように魔物たちを抑えていたのだが、それ無くなったため、決壊したように押し寄せてきたようである。
ただ、幸いにも、彼らは四方八方から迫ってくるというわけではなく、市壁の損傷が激しかった西側だけからやってきているようで、正門に集中していた市民たちには、まだ被害は出ていない様子であった。
本来ならそこには、それほど大きくはないが大型の馬車が通れるほどの橋があったはずなのだが・・・それが無くなっているところを見ると、どうやら魔物たちの侵攻を阻止するために、兵士たちがあえて落としたらしい。
先ほどの爆発音は、どうやら橋を落とした際に生じたもののようである。
「し、死ぬかと思いましたよ!何で急に押すんですか!」
ようやく体勢を立て直したのか、ユリアの隣まで、彼女が突き落としたシルビアが上昇してきた。
そんなシルビアに対して、神妙な面持ちで眼を閉じながら、腕を組んだユリアが言い訳を口にする。
「・・・後輩ちゃん。世の中には、空気を読まないと痛い目にあうこともあるのよ?もしも、あの場にずっといたなら・・・今頃、私たちは、話を聞いてなかったことを、ヌル様方に咎められていたでしょうね。・・・それでも良かったの?」
「えっ・・・いや、確かに・・・」
と、ユリアの言葉に頷くシルビア。
そんな彼女の姿に、ユリアは内心で、
「(・・・ふっ・・・この程度で納得するなんて、まだ未熟ね。精進なさい、後輩ちゃん)」
などと、ほくそ笑んでいたりする・・・。
ただ、面子の危機から脱した対価として・・・
「でも、どうするんですか?ワルツ様方が暴れてる上に、飛行艇からは大量の攻撃が降り注いでるんですよ?これ、私たちが介入したら・・・巻き込まれて一瞬で消し炭になっちゃうと思うんですけど・・・」
「問題はそれよね・・・」
・・・ユリアたちは、命の危機に曝されることになってしまったようだ。
体面か、命か。
どうやら、ユリアにとっては、上司に対する体裁が最優先だったようである・・・。
「まぁ、とりあえず、安全な堀の内側で、こっちに近づいてきた魔物に対して攻撃すればいいんじゃないかしら?流石に、王城に向かって攻撃はしてこないでしょ?」
「なんか、適当ですね・・・。もうここまで来ちゃったんで付き合いますけど・・・」
「もちろん、ピンチになったら逃げるから大丈夫よ?」
「それは、もちろんです。でもその時に、先に逃げたからって恨まないでくださいね?」
「・・・えっ?」
「えっ・・・?」
・・・というわけで。
こうして、安全(?)な王城の堀の内側で、ユリアたちの戦いは始まったのである・・・。
ドゴォォォォン!!
シルビアの攻撃は非常にシンプルなものであった。
堀の中に溜まっている魔物の近くを超音速で飛行して、ひたすら吹き飛ばす・・・ただそれだけである。
むしろ、それ以外に、出来ることが無かったというべきか・・・。
ところで。
シルビアは高速で飛行する際に、無意識の内に天使化していたのだが、彼女がそれに気付いている様子はこれまでのところ無かった。
もしも気付いていたなら・・・最初から半無敵とも言える天使の魔法を使えば、圧倒的に戦闘を有利に進めることが出来るはずなのだから・・・。
一体どうして、彼女が自分の姿に気づかないのかは誰にも分からなかったが、そのために、上記の通り、少々稚拙な戦闘になってしまっていたようである。
なお、そんな『誰にも分からない』という言葉通り、仲間たちは彼女が時折天使化していることを知っていたのだが、誰もそれを指摘することはなかった。
・・・皆、それが彼女の戦闘スタイルだと思い込んでいたようだ。
グシャッ・・・
「(どうして、魔法で攻撃しないのかしら・・・。それが後輩ちゃんのやり方だ、って言うなら別にいいんだけどさ?)」
空飛ぶシルビアの姿に、ユリアは幻影魔法(?)を使って一度に大量の魔物たちの命を奪いながら、そんなことを考えていた。
グシャッ・・・
「(こう単調な作業だと、眠くなってくるわね・・・コヒーが欲しいわ・・・)」
彼女は幻影で作り出した50mほどの巨大な2つの手のひらで、堀に落ちた魔物を、まるで米を研ぐようにして一箇所にかき集めては・・・
グシャッ・・・
かき集めては・・・
グシャッ・・・
っと、上から押しつぶし続けていた。
「(こういう単純作業はシラヌイちゃんが得意そうよね・・・)」
あまりに暇だったためか、戦闘のことではなく、他の事を考えるユリア。
すると、頭の上を飛行性の魔物たちが群れを成して通過していこうとしていたので・・・
「(ブンブンと五月蝿いわね・・・)」
バチュン!
まるで、蚊を潰すようにして叩き潰した。
・・・その後も彼女は、スプラッタな音を上げながら、作業のように、魔物たちを潰し続けていった。
グシャッ、グシャッ、バチュン、グシャッ・・・
しばらくすると、天使化して真っ白な翼になっていたシルビアが、ユリアの隣に降り立つ。
「・・・先輩?なんか楽しんでません?」
グシャッ、グシャッ、バチュン、グシャッ・・・
「え?」
「いや、なんか、リズムが・・・」
グシャッ、グシャッ、バチュン、グシャッ・・・
「あ、そう言われれば・・・」
そしてユリアは手を止めた。
・・・そして、とあることに気づく。
「・・・魔物来ないね?後輩ちゃん・・・」
「実は、最初から少なかったんじゃないですか?ワルツ様やルシアちゃんや飛行艇が攻撃してますし・・・」
・・・そう。
ユリアたちの前には、いつしか一面の血の海ができていて、動いている魔物が1匹たりともいなくなっていたのである・・・。
「・・・どうします?戻ります?このままここにいても暇なだけですよね」
「さっき出てきたばっかりだし、今戻ったら、『本当に仕事してきたのかっ!』って怒られそうじゃない?」
「それもそうですね・・・」
「あっ、じゃぁさ、次の魔物が来るまでここでお茶してよっか?」
と言いながら、バッグの中から、忙しすぎて昼食で食べれなかったサンドイッチを取り出すユリア。
「いいですね。お昼、忙しかったですからね」
シルビアも、自前のリュック(新品)の中から水筒とおにぎりを取り出した。
こうして、血まみれになったサキュバスと、真っ白な翼の天使の夕食会が、真っ暗な血の海の中で始まったのである・・・。
一方その頃・・・
コンコンコンッ!
「ご報告いたします!」
ユキ達のいた会議室に、伝令の兵士が現れていた。
「な、何でしょうか?」
少々焦り気味で返答する、鎧姿のユキF。
他のユキ達も、同様に落ち着きが無かった。
市長であるユキBなどは、額に本物の額に汗を浮かべて、それをハンカチで拭き取っているほどである。
・・・要するに、ユリアがいなくなっていたために自分たちで変身せざるを得なかったのだが、兵士がやってくるタイミングに、変身が終わるタイミングが既のところで間に合った、ということらしい。
・・・あるいは、この街の行く末を憂いたことを来た者に悟られたくなかった、という可能性も否定は出来ないだろうか。
まぁ、それはさておき。
「じ、実は・・・」
何処か言い難そうに言葉を口にする兵士。
「・・・城に接近して来ていた魔物たちの姿が消えました」
『・・・は?』
「・・・撃退したのか?」
兵士の言葉がにわかには信じ難かったのか、ユキCはそんな男性口調で言葉を口にした。
自分の部下たちのことを信じていないわけではなかったが、流石に、出来ることと出来ないことの分別は付いていたのである。
「いえ・・・まだ詳しいことは分かりませんが、市民を誘導していた一部の兵士の話によると、サキュバスと翼人らしき者がたった2人で全滅させたとのことです」
『・・・え?』
思わず、素の様子で、疑問の声を上げるユキたち。
彼女たちには、そのサキュバスと翼人が、先程窓から飛び出していった2人にしか思えなかった。
その一方で、一見すると非力そうにしか見えない彼女たちが、果たして自分たちの軍隊を総動員させても叶わないことを、簡単にそれも短時間で成し遂げてしまえるものか、という疑問も持っていたのである。
「・・・そうですか」
そんなユキ達の中で、ユキF一人だけが、兵士の言葉を素直に受け取った様子で言葉を返した。
考えても仕方なの無いことは、とりあえず事実だけ受け入れて、次のことを考えることにしたようだ。
故に、すぐに別の問いかけを行う。
「現在の市民たちの避難状況は?」
「はっ。大方5割といったところです!」
「そうですか・・・」
そんな兵士の言葉に、少しだけ険しい表情を緩ませるユキF。
まだ半分もの市民が外に残っていたが・・・それでも避難の速度が上がったようで、ホッとしたようである。
そんなタイミングで、
ドゴォォォォン・・・
遠くの方から大きな音が響いてきたかと思うと、5つの真っ黒に輝く柱が会議室の窓の外に見えた。
どうやら、ワルツ達の戦闘も一段落したようだ。
「・・・事態は収束に向かっていそうですね」
町を取り囲んでいた魔物が大方片付き、町の中の魔物も始末が済んだ。
そんな現状を鑑みるなら、事態は収束に向かっていると考えても何ら無理のないことだろう。
・・・それが本当に事態の収束に向けた動きかどうかは別として・・・。
そしてユキFが、外の景色に対して、少しだけ口元を持ち上げた・・・その瞬間である。
ゴ、ゴゴゴゴゴッ・・・!!
城全体を揺るがすような大きな揺れが、突如として生じたのである。
バキバキバキ・・・!!
同時に、真新しい城を切り裂くかのように、部屋の至るところに生じる亀裂。
「なっ・・・何ですか!?」
まともに立っていられないほどの揺れの中で・・・しかしユキFは窓の縁に手を掛け、どうにか立ちながら、外の景色に視線を向けた。
すると・・・
ボォォォォォッ・・・!!
町が真っ二つに割れて、その隙間から何か黒っぽい滑らかな曲面が見え隠れしている様子が眼に入ってきたのである。
「んなっ?!・・・プロティー・・・ビクセン・・・?!」
その黒い影に対して、そんな言葉を吐き出すように口にするユキF。
・・・そしてさらなる問題が、急に訪れた。
サクッ・・・
何かが切り裂かれるような音が、ユキFの耳元で聞こえてきたのである。
そして同時に、
『あははっ!ダメだよヌルちゃん?どんなことがあっても気を抜いたら。一応、魔王なんだから、勇者とかに気をつけなきゃね?っていうか、長く生き過ぎて心が老けちゃったのかなぁ〜?』
そんな少女のような声が、背中の方から聞こえてきたのである。
その声に対して、ユキFが恐る恐る振り向くと・・・
『へぇ〜・・・まだ動けたんだ』
・・・まるで子どものように、あどけない笑みを浮かべた伝令の兵士が、自分の身体に剣を突き立てていたのである・・・。
うむ・・・。
どうしても、今日の話は書くのに時間がかかってしまったのじゃ。
・・・もちろん、後半部分が、なのじゃ。
どういう展開に持って行こうかと考えておったのじゃ。
色々考えた末に・・・この展開に持ってきたのじゃ。
あとはひたすら書いていくだけなのじゃ。
・・・本当にひたすら書けるのかのう・・・。
で、補足なのじゃ。
ユリアたちが昼食を摂れなかった理由は、ユキAやカタリナが姿を眩ませたり、ワルツがミッドエデンに帰るためにドタバタしていたりと、色々大変だったからなのじゃ。
あと、シルビアのリュックについては・・・前に、にとろぐりせりんで爆破しておったから、新しいものに買い換えた・・・っていうのは、別に説明せんでも良いか。
他は・・・そうじゃのう・・・まぁ、次回の話で色々明らかになるのではなかろうかの?




