6後-24 どこかの施設で3
サクッ・・・
という音も立てずに、壁を切って、人を切って、扉を切って、施設の中を進んでいくカタリナ。
そのすぐ後ろを進んでいたユキは、彼女に向かって徐ろに問いかけた。
「あの、カタリナ様?今ここがどこなのか、ご存じですか・・・?」
ただでさえ迷路のように複雑な建物の中を、わざわざ、より複雑にするように、余計な通路(?)を追加しながら進んでいるのである。
そんな疑問を持ったとしても、何ら不思議なことではないだろう。
「そうですね・・・」
カタリナはそれだけ言うと、一旦、廊下に出て、近くにあった壁の穴を確認してから、再びユキたちの方を振り返って言った。
「転移魔法陣がある部屋から、真っ直ぐ8部屋ほど進んで、右に折れて5部屋進んだ後、左に曲がって4部屋進んだところです」
「えっ・・・ジグザグに進んできたのに、分かるのですか?!」
「はい。迷子にならないように、壁や扉の切断の仕方に現在位置が分かるような特徴を残してきましたので・・・」
あたかも、当然、と言った様子でそう口にするカタリナ。
そんな彼女に対して、ユキは思ったことを口にした。
「なんか・・・場馴れしてますね・・・」
「えっと・・・前に勇者様のパーティーにいたことがありまして、よく迷路のようなダンジョンの中に潜っていましたから」
「・・・」
その言葉を聞いたユキは、えっ、という声も上げずに、スーッと閉口して急に黙りこんでしまった。
そう、彼女は、カタリナが勇者パーティーのメンバーだったことを、この時点で初めて知ったのである。
彼女が魔王という地位にある以上、いつか勇者たちと戦わなくてはならない運命(?)にあるのだが・・・その中にカタリナが含まれていた場合を考えて、思考がフリーズしてしまったようだ。
恐らくその思考は・・・どうやって戦うか、ではなく、どうやって逃げるか、を考えていたに違いない。
そんなユキの様子に気づいたのか、カタリナは苦笑を浮かべながら口を開いた。
「シリウス様?私は既に、勇者パーティーの一員ではないのです。今の私は、飽くまでもワルツ様の弟子であって、シリウス様と刃を交えるようなことは、絶対にありませんよ?」
「・・・そ、そうですね。そう願うばかりです・・・」
もしもワルツと対立する立場にあったなら・・・今頃、大切な町の人々や王城の職員たちが、目の前で横たわる黒い格好の兵士たちと同じことになっていたのではないか、と思いつつも、そうならなくてよかった、と安堵するユキ。
なお、2ヶ月前に、ルシアがビクセン近くに魔力爆弾を投下した際、官僚の中から『ミッドエデンと戦争する』という話が噴出していたのは・・・・・・ボレアス政府の要人たちだけの秘密である・・・。
さて。
建物の中を、文字通り縦横無尽に歩き回った結果、あることが分かった。
実はこの建物は・・・地下にあるようなのだ。
カタリナが外の景色を見ようとして壁を切った際、壁の向こう側から出てきたのは・・・赤茶けた土だった。
もしかすると、建物の一部が土に埋もれているだけかもしれないと思い、彼女たちは、ロリコンを探すついでに、色々な方角の壁を壊して回ったのだが・・・どの方角の壁からからも、やはり同じように土が出てきたのである。
もしも、どこかの部屋に階段のようなものがあるなら、単に建物の地下部分、ということで片付けられるのだが・・・どこにも階段がない上に、上下の壁からも土が出てくるところを見ると、どうやらここは完全に地下に埋まっている施設で間違い無さそうである。
わざわざ転移魔法陣のある部屋に防衛システムを設置していたことからも推測できるが・・・要するに、ここへと正規の方法でやってくるためには、転移魔法を使うか、転移魔法を使える者に連れて来てもらうしか無い、ということなのだろう。
そんなこの施設を表現するなら、秘密基地、という言葉が打って付けではないだろうか。
「ルシアちゃんがいれば、地上まで土を削ってもらって脱出することも出来るのですが・・・仕方ないですね」
そう言って、壁の穴から視線を外すと、次の部屋へと向かおうとするカタリナ。
そんな彼女に、飛竜の背に乗ったイブは、疑問の声を上げた。
「えっ・・・逃げられないのに、仕方ないで済ませちゃうの?!」
それはイブだけが持っていた疑問ではなかったようで、その他2人も首を縦に振っていた。
「逃げる方法については、どうにかなると思いますよ?最悪、どうにもならなかった時の保険として、害虫を探しているわけですし・・・」
「・・・(えっ・・・、探して殺すんじゃなかったのですか?!)」
と思いつつも、口には出さないユキ。
「彼さえ捕まえてしまえば、後は転移魔法を使わせればいいだけですしね」
『・・・』
まるで、従わせるのは造作も無いこと・・・と言った様子で話すカタリナに、言葉を失う一同。
カタリナがここに来てから、果たして何度閉口したことか・・・。
まぁ、それはさておき。
カタリナが次の部屋に繋がるだろう壁に穴を開けた時のことである。
飛竜が通れるほどの穴を、彼女が指先で壁に描いた瞬間、
ボコッ・・・・・・ドゴォォォォン・・・
いつも通り倒れた壁は・・・しかし、これまでの壁とは違って、しばらく遅れてから大きな音を立てて砕け散ったのである。
・・・つまり、倒れた壁は、その向こう側の開けた空間へと落下していったのだ。
この建物の中で、そのような大きな空間があるとすれば・・・
「あ・・・」
「・・・ここか・・・」
・・・そのことに気付いて、同時にイブと飛竜は呟いた。
そう。
彼女たちがたどり着いたのは、イブと飛竜が出会った場所。
そして飛竜が囚われていた場所だったのである。
ただ、どういうわけか、その部屋の中で騒いでいたはずの魔物の鳴き声が、今では一切聞こえなくなっていた。
そしてもう一つ・・・
「おわっ?!BBA共が来たぞ!」
その部屋の中にあった、一際頑丈そうな作りの部屋(檻?)の中に、ロリコンと他数名の兵士たちが・・・・・・何故か詰まっていたのである・・・。
皆で逃げ出して最も安全な場所へ逃げ込んだ結果、こうなった・・・といったところだろうか・・・。
「・・・」
そんな彼らの様子を見て、怪訝な表情を浮かべるカタリナ。
その表情は、獲物を前にした狩人の顔・・・とも、男ばかりでむさ苦しい状態に対して浮かべた嫌悪感の表情・・・とも、異なるものであった。
・・・むしろ、悪手を打ってしまった・・・そんな顔色である。
何故彼女はそんな表情をしていたのか。
「施設の中に、無事な奴はもういないんだな?なら仕方がない・・・。これより、臨時の試験を開始する」
そう言って、ロリコンたちが、コンソールのようなものを叩いて、何かを始めたから、である。
・・・まるでこの部屋に、彼女たちがやって来る事を待っていたかのように・・・。
その瞬間、
グォォォォォ!!
ブォォォォォ!!
グェェェェェ!!
申し合わせたかのように、カタリナ達からは見えない場所にいた魔物たちが鳴き声を上げたかと思うと、
「う、うわぁ・・・こっち来るよ!?」
そんなイブの言葉通り、壁に空いた穴の方へと殺到してきた。
しかも残念なことに、彼女の開けた穴は、檻の内側・・・。
故に、魔物たちが蠢く地面とは5m程の段差があるとはいえ、彼女たちと魔物を隔てる物は何もない、という状況だった。
「・・・困りました。私一人で対処するには魔物の数が多いようなので、あの者と戦う前に、消耗してしまいそうですね。ここは一旦、逃げましょうか」
『えっ・・・』
今もなお壁を登ろうとしている魔物たちに背を向けると、特に焦ったような様子も見せずに、そう口にするカタリナ。
そして、そんな彼女に、思わず声を上げてしまう他3名。
その中で、最初に動いたのは・・・イブを背中に載せた飛竜だった。
「・・・ならば、我がブレスで焼き払おう」
「お願いします」
まるで、その言葉を待っていた、と言わんばかりで、カタリナは飛竜の隣へと移動した。
そして、彼女が安全な場所まで退避したことを確認した飛竜は・・・
「・・・ゆくぞ?・・・ふうっ」
そう、息を吸って・・・
ドゴォォォォ!!
これまでで最大級のブレスを、空いた穴へと向かって吹き掛けたのである。
「すごっ・・・!」
その火力を前に、思わず息を飲むイブ。
一方、ユキは・・・
「・・・ゴクリ」
・・・・・・炎見て、何故か涎を垂らしていた、とだけ言っておこう。
それから10秒ほど連続してブレスを放射した後、飛竜はゆっくりとその口を閉じた。
「ふむ。カタリナ殿に治してもらったおかげか、喉の調子が頗る良いようだ」
と、自分のブレスの威力に、納得した様子の飛竜。
だが・・・
グォォォォォ!!
グルァァァァ!!
ギエェェェェ!!
残念なことに、魔物たちには、そのブレスで傷ついたり、勢いが衰えた様子は見られなかった。
「な・・・?!」
そんな魔物たちに、驚愕の視線を向ける飛竜。
だが、彼の驚愕はそれだけでは留まらなかった。
・・・ソレは、ロリコンのこんな一言で生じたのである。
「段差が邪魔で魔物たちが詰まっている・・・・・・ちょうどいい。放て」
その瞬間である。
ーーーーーー!!
擬音では表現することが出来ないような、甲高い叫び・・・あるいは何か硬いものが擦れ合って生じたような高音が、周囲一帯を包み込んだのである。
そして壁の穴から、ゆっくりとカタリナたちの眼に見えてきたのは・・・まるで山のような何かだった。
「・・・ま・・・まさか・・・!!」
それに反応したのは飛竜・・・そして、
「えっ・・・あれって・・・ドラゴンさんと一緒に捕まった、別の・・・ドラゴン・・・さん?」
そのゴツゴツとした背中に見覚えのあった、イブである。
「馬鹿な・・・ありえん」
そう言って後ずさる飛竜。
一体、何がありえないのか・・・。
その理由は・・・イブが口にした。
「あのドラゴンさん・・・死んでたんじゃ・・・」
・・・そう。
死んでいたはずのドラゴン・・・地竜が、どういうわけか動いて、壁に空いた穴の近くまで移動してきたのである。
それから地竜はその首を擡げると・・・穴の中へと視線を向けた。
・・・いや、視線は無かった・・・。
正しくは・・・眼孔を向けた、というべきだろう。
輝くものが無くなった、その虚ろな空洞を・・・。
「くっ!」
その瞬間、まるでゾンビのようになってしまった地竜から、飛竜は自身の翼の影にイブを隠す。
ただし、あまりにグロテスクな光景からイブを守るため・・・だけではない。
その理由は・・・直後にやってきた。
ドゴゴゴゴ!!
・・・地竜の得意とする地魔法(?)によって、大量の石礫が飛来したのである。
幸い、カタリナがいたために、飛竜の翼がボロボロになってしまうことは無かったが・・・その代わり、別の問題が発生してしまう。
「・・・困りました」
地竜の攻撃から皆を守るようにして、結界を能動的に操作しながら、カタリナが口を開く。
「銃と違って暴発させることが出来ないので、攻撃を受けている間は、防御に徹することしか出来ません・・・」
・・・要するに、地竜が石礫を飛ばしてくる間、防御に徹し無くてはならないカタリナには、地竜の背を登って壁の穴へと殺到する魔物たちに対処することが出来ない、ということである。
つまり、彼女が守っている間、誰かが攻撃しなくてはならないのだが・・・少なくとも飛竜のブレスでは、効き目がないことは先程の結果から明らかだった。
「ど、どうすれば・・・」
・・・追い詰められた形になっている現状を思い返して、慌てるユキ。
「・・・あの、シリウス様?非常に申し上げにくいのですが・・・」
そんな彼女に、カタリナはジト目を向けながら言った。
「・・・戦ってもらえませんか?」
「・・・あ」
・・・どうやら、ユキの頭の中では、自分自身を戦力として数えていなかったようである・・・。
うぬぬぬぬ・・・2時間でゼロからこの文量を書いて修正するのは、クッキーが2袋あっても足りなかったのじゃ・・・。
少々、遅刻気味になってしまったのじゃが、致し方無いじゃろう・・・。
あ、そうじゃ。
転移魔法(空間制御魔法)が使えるロリコンが、何故一人で逃げないのかについてなのじゃ。
詳しくは次回か次々回で話すとして、彼に上司がいるという話は、さり気なくしたと思うのじゃ。
つまり、ロリコンの下で働く者たちや、同僚たちを放置して逃げると・・・あとで大変な目に遭う、と考えてもらえると助かるのじゃ。
まぁ、理由などはいくらでも考えつくのじゃが・・・とにかく、この時点で、どうしても逃げられない理由があった、ということだけ脳裏の片隅に置いてもらえると助かるのじゃ。
・・・あー・・・明日辺り、少しだけ追記するかのう・・・。




