6後-18 3度目の脱出3
「・・・」
今のイブの頭の中を表現するなら・・・真っ白、その一言に尽きるだろう。
逃げ道も隠れる場所もない檻の中に、装備も服も身に着けていない状態で、ドラゴンと2人きり。
そんな状況の中で冷静に何かを考えられる者が居るとすれば・・・それは多分、人間を止めた者か、そもそも人間ではない者か、あるいは莫大な魔力を身につけている者くらいではないだろうか。
「・・・ん?どうした?小さきものよ。別に取って喰おうというわけではないのだ。警戒することはないぞ?」
と、口にしながら、硬い鼻先でイブを突く飛竜。
一方、突かれた側のイブは・・・
「・・・」
バタリ・・・
鼻先が当たった反動のせいか、あるいは元々バランスを崩しつつあったのか・・・そのままの姿勢で、地面へと倒れてしまった。
・・・彼女は、どうやら気絶してしまったらしい。
「・・・・・・残念だ」
そう言うと飛竜は、彼女を食べることなく、悲しそうに首を下げながら、ノッシノッシと元いた場所へ戻って行った・・・。
「・・・んはっ?!」
間もなくして、意識を取り戻すイブ。
「ん?・・・何で寝てたんだっけ・・・」
ぼんやりとする頭を押さえながら、彼女は立ち上がった。
それからややあって・・・
「そ、そうだ!ドラゴン!」
と思い出しつつ、辺りを見回してみるが・・・
「・・・あれ?」
そこには飛竜の姿はなく、遠くの方に大きな岩が2つあるだけであった。
「おっかしいなぁ・・・夢かなぁ・・・」
そんな呟きをしてから、振り返って肉塊の方に視線を向けるイブ。
するとそこには、無理矢理に引きちぎられたような跡の残った肉の塊が・・・。
「夢じゃない?!」
肉を頑張って切って、焼いて、食べようとしていたのに、気づくとドラゴンに食べられた。
その痕跡が残っていたのである。
そしてイブは、グチャグチャになりかけていた、気絶する寸前の記憶を必死になって思い返した。
すると、ドラゴンが低い声でイブにも分かるような言葉をしゃべっていたことを思い出す。
・・・例えばこんな感じの声である。
「何の話だ?」
「?!」
急に聞こえてきた、よく響き渡る低い声に、ビクリと身体を硬直させるイブ。
それから彼女が恐る恐る後ろを振り返ってみると・・・
「ふむ。無事だったか・・・」
いつの間にか、飛竜がイブの目の前まで顔を持ってきていたのである。
「あわわわ?!!?!」
「落ち着け、人間よ。取って喰わぬと言っただろう?」
「わ、わ、私を食べても、骨ばかりだから美味しくないかもなんだから!」
「だから、喰わぬ!」
一向に話を聞こうとしないイブに、眼を細めながら、ため息を吐く飛竜。
「じゃ、じゃぁ、私をどうするの?!」
「どうもせぬ・・・」
「・・・え?」
何もしない、と言う飛竜の言葉に、イブは耳を疑った。
この世界のドラゴンは、食物連鎖のピラミッドで言うなら、紛れも無く頂点に存在する絶対的強者なのである。
故に、イブのように、単なる皮と骨だけしか無いような貧相な身体つきの人間がドラゴンの口の前にいたのなら、普通なら1秒以内に餌(というよりおやつ?)と化すはずであった。
だが何秒たっても、イブに身体に飛竜の鋭い牙が突き立てられることはなく・・・更には、ドラゴン自身も『食べない』と宣言したのである。
・・・彼女にはそれが何故なのか、全く理解できなかったのだ。
そんな彼女の疑問に対して、飛竜が意外な言葉を口にする。
「・・・生肉は喰わぬ」
「・・・は?」
「いつも、ブレスで焼いてから食べているのだ。焼かずに食べると、生臭くてかなわぬからな・・・」
「・・・はあ・・・・・・っ?!」
そんな飛竜の言葉に、再び身を硬直させるイブ。
つまり、ブレスで焼かれて食べられる・・・そう思ったようだ。
・・・だが、そういうわけでも無いらしい。
「だから喰わぬと言っておる・・・。そもそも、この首輪のせいでブレスも魔法も使えぬのだ」
そう言ってから、頭を擡げ、幅50cmほどの首輪のようなものをイブに見せてくる飛竜。
そして彼は・・・再び眼を細めながら、続けて言った。
「それに・・・約束したからの・・・」
そう言いつつ、彼は部屋の中にあった山の一つに眼を向けた。
2つあった山の内、片方が無くなっているところを見ると・・・実は、山は山ではなく、ドラゴンが丸くなっていために、身長の低いイブには山にしか見えなかった・・・ということらしい。
つまり、この部屋の中には合計2匹のドラゴンがいる、ということになのだろう・・・。
「まぁ、それはよい。それで・・・実は主に頼みたいことがある」
そう言うと彼は、イブの頭の上に首を伸ばして、彼女の後ろにあった肉を口で掴むと・・・それをイブの前に置いた。
そしてこう言ったのである。
「・・・焼いて欲しい・・・」
その途端、
グゴゴゴゴゴ・・・・!!
・・・と、大きな音が、周囲を包み込んだ
どうやら、飛竜の腹の音らしい。
「もしかして・・・お腹減ってるの?」
「・・・先刻貰った肉のことを数えぬのなら・・・もう、1週間は何も口にしておらんのだ・・・」
それだけ言うと、飛竜はその場に身体を下ろし、力なく首を自身の身体の上に置いて、丸まってしまった。
体力の限界といった様子である。
「空腹には・・・勝てん・・・」
「・・・同感」
・・・そしてイブは、飛竜のために、肉を焼き始めたのである。
ガブリ・・・ムシャムシャ・・・
「うむ!うまい!」
「これ焼くの、ちょー疲れるけどね・・・」
肉が大きければ大きいほど、その分だけ火魔法を行使する時間も長くなる・・・。
故に、火竜に食べさせる分の肉を焼くために、イブの魔力は、かなり消耗してしまった。
「すまぬ。本来なら、我がブレスで一焼きするところなのだが・・・・・・主も喰うか?」
すると彼は、焼けたスペアリブの内、まだ口をつけていない部分を、翼についた手で器用に引き千切ってから、イブに勧めた。
「え・・・くれるの?」
「あぁ。恩人を差し置いて我だけが食べるというのも、おかしな話だからな」
「えっと・・・うん。ありがと」
そう言うとイブは、少々遠慮気味に飛竜から焼けた肉を受け取った。
「では、改めて・・・」
シャキーン!
「いっただっきまーす!」
ガブッ・・・
「・・・うまっ!」
我ながら上手い焼き具合、などと思いながら肉を頬張るイブ。
そんな彼女に、飛竜が問いかける。
「・・・人間よ。何なのだ?その、かじりつく前に口にした呪文は・・・?」
「ん?いははひはふ?」
「・・・すまぬ。何を言っておるのか分からぬのだが・・・」
ゴクン
「あ、ごめん。えっと『いただきます』って言葉?」
「そうだ。人の間では、食事の前に呪文を唱える文化が根づいておるのか?」
「ううん、違うよ。これはね・・・」
それからイブは、自分に向かって手を差し伸べようとした者の顔を思い出しながら、その名を口にした。
「ワルツ様に教わったの!あ、ワルツ様って言っても分かんないか・・・」
だが、それを聞いた飛竜の反応は、イブが予想したものとは大きく異なっていた。
「わ、ワルツ様・・・だと?!」
彼は驚き気味の色を含んだ声を上げると、後退り始めたのだ。
「知ってるの?」
「知っているも何も・・・彼のお方は、我の(未来の)主様だ」
「えっ?!」
こんな檻の中で、まさかワルツのことを知っている者に出会うとは思ってもみなかったイブ。
そして彼女たちは、ワルツとの出会いについてお互いに話し始めたのである。
「そうだったか・・・」
プロティービクセンで起こった出来事から順を追って今までのことを説明したイブの話を聞いて、飛竜は深く同情した。
何故なら彼も・・・
「まさか、ドラゴンさんも誘拐されたなんて・・・」
見知らぬ人間たちに捕まえられてここまで連れてこられた一人だったからである。
「・・・人に遅れを取るとは、我も思っても見なかった。・・・流石はワルツ様。人に化けられなければ、弟子に取らぬと言ったあのお言葉は・・・人を侮ってはならぬという忠告の意味を持っていたのだな・・・」
と、眼を瞑って、俯く飛竜。
そう、彼は、ミッドエデンの王都近くで、ワルツに弟子入りを迫ったドラゴンだったのである。
「・・・そういえばドラゴンさん」
彼が、人に化けるための方法を探すための旅に出たという話を聞いたイブは、ふと思い出したことを問いかけた。
「あっちの、別のドラゴンさんの方には、肉を焼いてあげなくていいの?」
彼の話だと、旅は2人でしていた、ということだったのだが・・・
「・・・あいつは・・・」
そう言って地竜と思わしき山へと視線を向ける飛竜。
一瞬だけ悲しそうな表情を見せた・・・イブにはそんな気がしたが、
「・・・寝ているから起こさないでおいてくれないか?」
彼は事も無げにそう答えた。
「そっかぁ・・・分かった」
それでも一応、心配そうな表情を浮かべながらも、頷くイブ。
・・・なお。
実は、もう魔力が底を尽きそうになっていたために、地竜の分の肉を焼かなくて済んでホッとしていたのは、彼女だけの秘密である・・・。
「さてと・・・これからどうしよっか・・・?」
「どうしようも何も、この檻から出られないことには・・・どうしようもないな」
「・・・だよね」
そう言いながら、イブは飛竜と共に高い壁を見上げた。
彼女だけなら、飛竜に手伝ってもらえば高い壁の向こうへと行けなくもないが・・・天井まで張り巡らされている大きな柱をどうにかしないかぎり、飛竜たちが逃げ出すことは叶わなそうだった。
すると、
「・・・主だけ逃げろ」
飛竜はそんなことを口にした。
「我が主を上まで運んでやる。主なら檻の隙間から簡単に逃げられるだろう」
そんな飛竜の言葉に、イブは反論する。
・・・ただし、その年齢にはそぐわず感情論を抜いて。
「あんねー。逃げ出せたとしても、その先がちょっと不安なんだよねー。だって、ドラゴンさん、大河の向こう側で捕まったんでしょ?私が捕まったのって魔族の世界なんだけど・・・これ、多分、無事に外に出られても、全然知らない土地のど真ん中に出る可能性が否定出来ないんだよねー。なら、空の飛べるドラゴンさんと一緒に抜けだしたほうが、逃げ出した後で再び捕まる可能性は低くなるかなって思うんだけど・・・どう思う?」
「・・・」
よく喋る人間だ・・・といった様子で、閉口する飛竜。
だが、このまま言われたままで黙っているのは、生物界の王者としての矜持が許さなかった。
「ふむ。確かに一理あるだろう。もしも外が極寒の世界だった場合、魔物と違って全く毛の生えていない主の身体では、長い時間、耐えることも出来まい・・・」
そんな何気ない飛竜の言葉に、
「・・・ふにゃっ?!」
と、犬の獣人とは思えない声を上げながら、真っ赤な顔をして、手で身体を隠そうとするイブ。
「・・・何をしておる?」
「・・・う、ううん・・・なんでもない・・・」
「・・・なら良いが・・・。ともかく・・・」
そして、飛竜は、今すべき一番の大きな課題について口を開いた。
「あの天井まで伸びる柱をどうにかせぬ限り、我が外へ出ることは叶わぬだろう・・・」
「・・・」
そして再び2人は、低い空へと、視線を向けるのであった・・・。
「こんばんわ。イブです」
「違っ!いや、書いててルシア嬢と差別化を図るのが難しいとは思っておったがのう?」
「そう言うテレサちゃんだって、飛竜さんの口調に自分を重ねていたりしたんじゃない?」
「・・・バレたか・・・。いや、そんなことはないのじゃ。妾のあいんでんてぃてぃーはそんな容易には崩れぬからのう」
「ふーん・・・じゃぁ、私のアイデンティティーは、直ぐに崩れるくらい薄いものってこと?」
「・・・・・・そ、そんなことはないと思うぞ?」
「なんか・・・妙な間が気になる・・・」
「ご、ゴホン!さてなのじゃ。あとがきなのじゃ」
「・・・」
「えっと、なのじゃ。話が長くなるようじゃったから、キリの良い所で切ったのじゃ。長ったらしい文で申し訳ないと思っておるのじゃ」
「でも、そう書かないと、フラグが回収できないんだよね?」
「うむ。本当はもっと滑らかにフラグを回収していきたいんじゃが、妾、そこまで文才が無いのじゃ。お察ししていただけると助かるのじゃ」
「最初の頃に書いた文とか、ほんと酷かっt」
「やめるのじゃ!今、頑張って黒歴史を修正しておるんじゃから、余計なことは言うでない!」
「・・・ふーん・・・修正して消えるような黒歴史なんだ・・・」
「・・・」orz'
「えっと、2-1の修正は、現在、7割くらい終わってるみたいなので、もうしばらくお待ち下さい。基本的にストーリーと流れは変わりませんが、追記したり下手くそな文を直したり文の配置を変えたりしてるので、ほとんど書き直しに近い状態になっているみたいです。そのせいで、時間がかかっているみたいですね」
「ちょっ・・・」
「おっと、もう寝る時間ですね。それでは私はこの辺で」
「・・・・・・この先も無事に、あとがきを書いてゆけるのじゃろうか・・・」




