15.03-06 薬屋6
夜闇に紛れて現れたのは、黒服の男たちだった。夜に移動する旅人がいないことはないが、危険極まりない行為なので、まず遭遇することはないだろう。
では彼らは何者なのか……。20名ほどの男たちは、慣れた様子で、ワルツたちの野営場所を取り囲む。その時点で、旅人とは到底言い難い。
彼らには、ワルツたちの野営場所を守るようにして鎮座していた凶暴(?)な魔物たちにも、臆する様子は無い。当然、無知というわけでもないらしい。魔物たちに見つからないよう、息を殺し、最大限の警戒を払いながら、包囲網を形成していったからだ。
そんな彼らの手には、いつしか弓矢や、吹き矢の筒のようなものが握られていた。矢の先端に怪しげな液体が塗られているところを見るに、吹き矢(?)の方にも似たような液体が塗られているのだろう。十中八九、毒だ。
男たちは、それらの武器を、陣地を守る魔物たちへと向けて、ピタリと止まった。彼らは合図を待ったのだ。誰か1人が勝手に動けば、包囲網が瓦解するのは確実。一斉に攻撃することで、反撃のリスクを最小限に抑え、魔物たちを排除しようと考えたのである。明らかに手練れの集団と言えた。
ところが、である。待てども待てども、攻撃の合図はやってこない。
合図は、男たちのリーダーが下すはずだった。包囲網と攻撃準備が整えば、その時点で攻撃開始のはず。逆に、何か不慮の事態が生じた場合は、攻撃中止の合図が出るはずだった。攻撃中止の場合は、即時撤退だ。
だが、そのどちらも出なかったのである。完全に想定外の出来事だ。結果、男たちは困惑した。
話は変わるが、夜闇は男たちの隠れ蓑であるのと同時に、男たちの知覚を奪うものでもあった。当然、彼らはそのことを知っていたので、夜闇には最大限の警戒をしていたようである。それでも彼らはこの時、致命的なことを失念していたようだ。
……夜闇の中で産まれ、夜闇の中で育ち、そして、夜闇の中だからこそ最大限の能力を発揮できる存在がその場にいたことを。最大限の警戒をしたとしても、軽々とその警戒を上回って、行動できる存在がいることを……。
例えるなら、夜闇そのもののように。
数分後。男たちの存在は、その場から消えていた。誰一人として、自分が消されたことに気付いていなかったに違いない。その証拠に、誰も悲鳴を上げること無く、また物音一つ立てず、闇の中へと消えていったのだから。
そして、ワルツたちの野営場に再び夜の静けさが訪れた。魔物たちも皆ぐっすりだ。誰一人として目を覚ました様子は無かった。
まぁ、そもそも眠らないワルツは例外かも知れないが。
◇
「うーん……」
「ん?どうかされたのですか?ワルツ様」
次の日の朝。険しい表情のワルツに対し、グランディエが問いかける。
「いやね?昨日の夜、襲撃があったみたいなのよ」
「襲撃?どこにですか?」
「ここ」
「ここ……ここ?えっ?つまり、私たちを攻撃する愚か者がいたというのですか?」
「え?え、えぇ……そう。愚か者がいたのよ」
「で、ワルツ様がその愚か者を退治された、と」
グランディエの頭の中では、ワルツ=魔神という構図が出来上がっていたためか、彼女の頭の中では、敵対者=瞬時に抹殺される、という方程式が出来上がっていったようである。しかも、外には凶暴なニクなどの魔物がいるのだ。もはや、城壁など無くとも、鉄壁の要塞。襲撃するなど不可能としか思えなかった。
しかし、どうやら今回に限っては、イレギュラーな現象が起こっていたらしい。
「なんかよく分かんないのだけれど、私も魔物もまったく動いていないのに、襲撃者が勝手に消えたのよね……。まるで転移魔法でも使ったかのように、さ?」
「ん?転移魔法で帰ったのでしょうか?とすると、何しに来たのでしょう?そもそも、敵対する方々だったのでしょうか?例えば、様子を見に来ただけ、だったとか?」
「それが、不思議なのよね……。撤退するときって、みんなで一斉に撤退するものでしょ?それなのに、あの襲撃者っぽい人たちは、1人1人、順番に消えていったのよ。だから、なんか気持ちが悪いのよね……。こちらが全員の居場所を把握しているのを分かっていて、わざとやっているのだとすれば、それはそれで嫌がらせになるのだけれど……そうとは思えないし……」
「ワルツ様のお力を分かった上で嫌がらせをする……ですか。侮れない方々ですね……」
「いや、多分、そこまで高尚なことをやったわけじゃなくて、単に、この世から消されただけだと思うわよ?」
結局、襲撃者たちは何者だったのか。どうやって消されたのか。誰が消したのか……。生体反応センサーで、コテージの中から観察していたワルツには、何一つ分からなかったようだ。




