15.03-04 薬屋4
一方。小さな身体に閉じ込められる形になったハイスピアは、周囲の者たちがあたふたしているのとは裏腹に、落ち着きを持って、現状の自分について分析を行っていたようだ。
「(なるほど……。大人と赤子では、ここまで違いがあるのですね。興味深い)」
運動能力、発声能力、発熱、感覚、視力、聴力……。そのすべてが、大人の状態から、赤子の状態へと一気に変わったのだ。ハイスピアにとっては、驚くべきことだらけだったが、彼女はいたって冷静だった。
「(こんなにも身体の状態が大きく変わったというのに、落ち着いて考えられているというのは、グランディエさんの薬の効果、ということなのでしょうか?これが、本来あるべき私の落ち着き様……)」
グランディエの薬の効果によると、今のハイスピアの精神は、元の身体の肉体年齢に大きく影響するというのである。そのことを改めて考えたハイスピアは、率直に驚嘆していた。
「(きっと、少し前までの昔の私なら、この程度の事でも現実逃避をしていたはず……。でも、その時のことが思い出せないくらい、今の私の心は落ち着いて……あっ……ル、ルシアちゃん?あ、暑いので、あまり抱っこしないで……)ばぶぅ……」
「うん?今、すごく嫌な顔をされたような……お腹が減ったのかなぁ?」
「いや、腹が減ったら、減ったアピールをするじゃろ。中身は大人なのじゃから」
「でも、食べられるように準備はしておいた方が良いかもだね」
「一応、おしめも用意しておきましょう」
「(なんだか、皆さんに迷惑を掛けて、申し訳ない気分になってしまいます……)」
ハイスピアは落胆した。どうして自分は、こうも皆に対して迷惑ばかりを掛けてしまうのだろう、と、
それから彼女は考える。現実逃避の原因はどこにあるのか……。なぜ自分は現実逃避をするような人物に成長してしまったのだろうか……。きっかけは何だったのだろうか……。今の落ち着いた精神状態なら、かつての自分と真っ向から向き合うことが出来る気がする——と思うハイスピアだったものの、彼女の思考は強制的に停止させられることになった。
「おしめが出来たので、着けておきましょう」がばっ
「(えっ……ちょっ?!)ば、ばぶっ?!」
ハイスピアは、大人だった頃の服を使った身ぐるみを剥がされ、いわゆるスッポンポン状態にさせられた。
赤子の身体ゆえに抗うことはできない。アステリアたちにされるがままだ。
抗うことの出来ない突然の羞恥に、冷静だったはずのハイスピアの思考が真っ白になる。
「…………」ぽかーん
「あっ、先生、急に静かになったね?」
「子どもの体温ゆえ、暑かったのかも知れぬ」
「んー、これ、ちゃんとコミュニケーションが取れてない気がするかもだね。本当に暑かったかもなのかな?」
「ですが、おしめをつけないわけにもいきませんし……あ、ほら、ちょうどお漏らしをしましたよ?」
「————」
ハイスピアは遠い視線を、馬車の外へと向けた。ただ景色を見るにしては、あまりにも遠い視線だ。羞恥心が容赦無く、彼女の心を抉ったらしい。
結果。
「————」にへらぁ
「あれ?この表情って……現実逃避しているときのハイスピア先生の顔にそっくりじゃない?」
「そうですね……。まぁ、先ほども申し上げましたが、身体の年齢が、100%そのまま心の年齢と置き換わるわけではありませんから、症状が消えなくても不思議はありませんよ」
「ふーん」
ハイスピアの様子を少し離れた場所から観察していたワルツは、あまり状況が変わっていなさそうなハイスピアの様子を見て、納得出来なさそうな表情を見せていた。グランディエの薬の効果が薄いのではないかと疑っていたらしい。とはいえ、今のハイスピアの見た目は、紛れもなく赤子。その点においては、間違いなく、薬の効果が出ていると言えたので、ひとまず、薬の効き目を考えるのは早計だ、と判断したようである。
その間も、ハイスピアの現実逃避は続く。赤子ゆえに、一切抗えないまま、羞恥心に苛まれる今の彼女の状況は、まさに生き地獄。そのことに気づける者がいれば、話はまた別だったのかも知れないが、彼女の現実逃避能力(?)は、人知れず鍛えられていくのであった。




