15.03-02 薬屋2
「……出来ました!」
「……大丈夫?馬車、まぁまぁ揺れていたけれど、分量とか、混ぜ具合とか、タイミングとか、魔力の込め方とか……」
「大丈夫ですよ。手が覚えているので、たとえ目を瞑っていたとしても、ちゃんとした薬を作れる自信があります!」きりっ
「あ、そう……。フラグまみれでちょっと怖いけれど、グランディエがそう言うのなら……」
グランディエは、揺れる馬車の中、流れるような手つきで薬草の調合を行った。効果は精神安定。ユラユラと左右に揺れながら現実逃避をしているハイスピアのことを、通常の状態に戻す薬だ。会話が出来ないほど現実逃避をしているハイスピアの症状を鑑みるに、精神安定の効果の他に、気付け薬のような効果もあるのかも知れない。
ちなみに、グランディエは、薬を調合しながら、薬に対して魔力も込めていたようである。世間一般的に、食事などに魔力を込め過ぎると、味が非常に悪くなることが知られていることから、彼女が作る薬も味は期待できないはずだ。そう言う意味でも、気付けの効果(物理)があると言えるだろう。
そんな、青汁をさらに青汁らしくしたような見た目の、青々かつドロドロとした液体を、ワルツはグランディエから受け取った。
「……一応、成分的には、致死量の何かが入っているわけではなさそうね」
ワルツの眼は精密なセンサー。青汁(?)の色を分析するだけで、組成を解析できるのだ。ラルバ王国で、国王グレンとの昼食会の際、食事に睡眠薬の類いが混入されていることを検知できたのも、彼女の"眼"のおかげである。
グランディエの青汁(?)には、確かに致死量の成分は入っていないようだったが、何かしらの薬効があるのは間違い無さそうだった。効果までは不明だ。現代薬学のように、純粋な有効成分と添加物を混ぜて作る薬とは異なり、不純物が多分に含まれる薬草を混ぜて作る薬は、効果を予想するのが困難だからだ。
まったく関係の無い成分がお互いに効果を強めたり、あるいは弱めたり……。薬師の経験だけが頼りの調合だ。しかも、そこに魔力も関与するとなると、ワルツが分析するのは不可能。グランディエを信じるしか選択肢は無かった。
というわけで。
「はい、先生。これを、グイッと」
ワルツはハイスピアに、出来たばかりの青汁(?)を飲ませようとする。
「えっ?ちょっ?!」
「あーあー、零れるので一気に飲んで下さい」
「そ、そんないきなり?!オボボボ?!」ごくごくごく
ハイスピアは青汁(?)を飲み込んだ。表情は険しい——を通り越して、今にも泣きそうだ。よほど味が酷いのだろう。
一方、薬を飲ませながら、ワルツは思う。
「(あ、今のハイスピア先生って、脳や身体の一部がナノマシンで出来ているんだから、ドーパミンの量を調整すれば、薬なんて無くても、簡単に精神を安定させられたんじゃ……まぁ、いっか)」
結果、ワルツは、深く考えないことにした。
「な、何ですか?!今の液体は?!」
「先生の現実逃避を改善するお薬です。先生は、現実逃避モードに入ると、まともに会話も出来なくなりますので、無理矢理に飲んで貰いました」
「げ、現実逃避なんてしていません!」
「……本当ですか?」
「……ほん……」
「「ほん?」」
「……否定はしません」しゅん
どうやら、ハイスピア自身も現実逃避をしていた自覚はあるらしい。返答の際、ワルツたちから視線を逸らす。
「で、グランディエ?薬の効果って、どのくらいで現れるの?あと、持続時間と、副作用も教えて欲しいわね」
「効果はすぐに現れます。持続時間は人によりますが、1ヶ月くらいは保つはずです」
「へぇ?相当強い薬なのね。副作用は?」
「場合によりますが、おそらく身体が幼児退行します」
「「……は?」」
「ですから、ハイスピア先生のように、心が幼児退行している方の場合、その代わりに、身体が幼児退行するのです」
「ちょっ、意味がわk——」
意味が分からない……。ワルツがそう口にしようとした。その最中のことだ。
ボフンッ!
ハイスピアが謎の煙に包まれる。アステリアが人化したり、獣に戻ったりする際、彼女の周囲に立ちこめる煙そっくりだ。
そのせいで、馬車の中が、煙塗れになり、皆が咳き込んだわけだが……。その煙が晴れて、馬車の中の様子が明らかになった時、ワルツたちは理解出来ない光景を目の当たりにする事になる。
「ばぶぅ!」わしゃわしゃ
「……は?いや、ちょっと待って」
「先生……精神が、そこまで幼児退行していたのですか……。いえ、乳児退行と言うべきでしょうか……」
煙の発生源となったハイスピア。その身体は、どういうわけか、乳児——つまり、赤ちゃんの姿に変わってしまったのである。




