6後-17 3度目の脱出2
それからのイブの脱出は、これまでの経験に基づいたものになった。
・・・具体的に言うと、彼女が今までに脱出で用いた全ての手段・・・そのどれとも異なる方法を採ったのである。
どんな逃げ方をしても、何故かカペラに捕まってしまう。
ならば、その原因と考えられる全ての可能性を排除すればいい。
・・・そう考えたようだ。
まず、ロリコンに貰って着ていた服は、全て完全に脱ぎ捨てた。
そして、通気口を見つけても、入るような真似はしなかった。
その上、暗い場所にも近づかなかった。
更には、一切の無駄口を叩かなかった。
もちろん、魔力の検知を恐れて、魔法が使えるかどうかも試してはいない。
「(ほんと、どうしていつも捕まるんだろう・・・)」
そんなことを考えながら、拷問器具が並んでいた棚から拝借してきたペンチで、首の魔力拘束具を破壊すると近くにあった壺のオブジェの中に、ペンチごと放り込むイブ。
これで彼女は、人工的なものをいっさい身に付けていない、所謂スッポンポンの状態になったはずだ。
「(・・・後、考えられるのは、魔法で作り出した眼で監視されてる・・・とか?)」
と思い、獣耳を傾けてみるものの、自分の周囲からは魔法の痕跡は、一切感じられなかった。
と、そんな時である。
『いない!どこにもいない!』
『どうした!』
『捕まえていた子どもが逃げ出したんだ!』
『なんだと?!』
そんな声が、廊下の壁を反射して、イブの耳にも聞こえてきたのだ。
「(・・・逃げなきゃ!)」
そしてイブは、まるでどこかのお城のようにツルツルに磨かれた床が印象的な立派な廊下を、出口を求めて走り始めたのである。
行き交う人々に見つからないよう、時には物陰に、時には壺の中に、時には箱の中に隠れながら、通路を進んでいくイブ。
彼女が暫く廊下を進んで行くと、高い天井近くまで伸びている大きな扉が見えてきた。
「(・・・外に繋がる出口かも?)」
イブはそう思いながら、その扉に近付こうとするが・・・
「(いやいや・・・。ここで不用意に扉を開いたりなんかして、捕まったら大変だから、誰かが出入りするタイミングで一緒について行こ・・・)」
と、思い留まり、その扉の近くに飾ってあった鎧の裏に隠れた。
それから間もなくして・・・
ガラガラガラガラ・・・
と、荷物を大量に積んだ台車と、それを運ぶ兵士と思わしき男性が扉の前まで来て立ち止まった。
そして彼は持っていた鞄の中に手を入れると、何やらゴソゴソと探るような仕草を始める。
「(・・・ちゃーんす!)」
台車・・・と言うには少々大きく、荷車・・・と言うには小さすぎる、そんな台車(?)に積み重ねられていた荷物の隙間に狙いを定めると、彼女は迷うことなく、兵士の死角から潜り込んだ。
その際、台車が小さく揺れたが・・・どうやら、兵士がそれに気付いた様子は無いようである。
「(なんか・・冷たい・・・)」
白い布か紙のようなものに包まれていた荷物に触れると、妙に冷たかったことに驚くイブ。
そんなタイミングで、兵士の方も探していたものが見つかったらしい。
『はぁ・・・何で俺があいつらの面倒を見なきゃなんねぇんだよ・・・。発案者が、自分でやれっつうの・・・』
兵士はそんな悪態を吐きながら、手にとった四角い何かを、扉の横の壁にあった溝のような場所へと差し込んだ。
ピーッ
「(・・・?)」
そんな初めて聞く不思議な音に、怪訝な表情を浮かべるイブ
その直後、
ガコン・・・
そんな何かが外れるような大きな音が聞こえて・・・
ゴゴゴゴゴ・・・
目の前にあった大きな2枚の扉が、左右にスライドして、その口を勝手に開けたのである。
「(?!)」
思いもよらない開き方をした扉に驚愕の視線を向けるイブ。
そして彼女の事を更に驚かせたのは・・・
グルルルル・・・!!
ガウゥゥゥ・・・!!
部屋の中の住人たちの存在であった。
姿を直接見ることは出来ないが・・・何か大きな魔物が住んでいるらしい。
・・・そう。
その扉は外に通じるものではなく、魔物たちを閉じ込めておくための檻がある部屋の扉だったのである。
「(状況悪化してる!?)」
行きたくないと願っても、既に兵士が台車に手をかけていて、逃げ出すことは叶わない。
そんな刻一刻と悪化していく状況に、イブは自分の不運を呪いながら、頭を抱えた。
そしてまもなく・・・
『えーと?・・・この台車を定位置において・・・このレバーだったな・・・だったよな?まぁ、いっか』
兵士が何か棒のようなものを引くと、
ガション!
そんな機械的な音が辺りに響き渡って、浮遊感と闇がイブを包み込んだのである。
・・・台車の底が割れ、周囲の荷物ごと彼女を下に落としたのだ。
ドゴンッ!
「・・・?!」
危うく荷物の下敷きになりそうになったイブだったが、少量の尻尾の毛を犠牲にして、どうにか安全な場所へと撥ね退けることに成功する。
しかし、そこは、平らな場所ではなく・・・いつぞやと同じ暗い斜面であった・・・。
「またこの展k・・・!!」
真っ暗闇の中で、荷物と共に斜面を滑りながら、思わずそんな叫び声を上げかけるイブ。
だが、どうにか、声が漏れる既のところで、口を抑えたためか・・・
『ん?・・・気のせいか』
穴の外にいた兵士は首を傾げただけで、落ちていくイブには気づかなかったようだ。
その後、彼は、穴の空いた台車のレバーを操作して元通りにすると、そのまま部屋から外へと出て行ったようであった・・・。
なお、その間。
イブは必死になって斜面を登ろうとしていた。
しかし、斜め45度のつるつるした床の上では、どんなに頑張っても、踏ん張ることが出来なかった。
あるいは、普段の身軽な彼女なら、左右の壁に手と足をついてどうにか登ることも出来なくはないだろう。
しかし、体力が落ちてしまった今の状態では、身体を支えることすら出来なかったのである。
そして結局、彼女は先に転がっていった荷物がある最下部まで完全に落ちきってしまったのだ。
ただ、彼女が落ちきった先も、斜面があった場所のように真っ暗・・・というわけではなかった。
その先は、大きな空間へとつながっていたのである。
そこでは、穴へと落ちる前の部屋と同じように、妙に明るい魔道具のようなものが天井から空間を照らしていた。
そんな空間の中で彼女は、
「んー!・・・痛いぃぃ・・・!」
身体全体を襲う筋肉痛と、斜面を落ちる際に擦り剥いた手足、そして少々毛が抜けてしまった尻尾から伝わってくる痛みに、苦悶の表情を浮かべていた。
どうしてこんな目に・・・・・・。
彼女の頭の中では、恐らくそんな思いが渦巻いていることだろう。
・・・しかし、それもつかのま。
グニャリ・・・
「ん?何これ・・・?」
彼女は手から伝わってくる妙な感覚に気付いた。
彼女の手の下にあったのは、一緒に落下してきた冷たい荷物なのだが・・・それが妙に柔らかかったのである。
彼女が白い包みを剥がすと、中から出てきたのは・・・
「・・・肉?」
・・・真っ赤な魔物の肉の塊だった。
「なんでこんなものが・・・」
・・・何故なのかが分かっていて、あえて考えないようにするイブ。
『部屋の中から聞こえてきた魔物の鳴き声』
『面倒を見るのが嫌だと言っていた兵士の言葉』
『妙に大きな魔物の肉塊』
・・・そして、まるで投げ入れられるかのようにして、ここまで滑ってきた大量の肉と・・・裸の自分。
「・・・あ、そっか。ここで肉を焼いて食べればいいんだね」
輝きを失った瞳を見せながら、イブはそんなことを口にした。
・・・それから1秒後。
「無理ぃ!!」
現実が受け入れられなかったためか、そんな叫び声を上げるイブ。
しかし、その声を聞き入れてくれそうな人間はそこにはいなかったのである・・・。
・・・
・・・まぁ、人間以外の者もいなかったのだが・・・。
「・・・?」
一人、叫び声を上げたものの、いつまで経っても魔物に襲われる気配を感じないイブは、徐々に冷静になっていった。
そして周囲を見渡してみるが・・・だだっ広い部屋の中には、端と端に何やら山のようなものがあるだけで、魔物らしき姿は無かったのである。
まさか、魔物が天井に張り付いていたり、地面の中に隠れていたり、透明になっていたり、何かに擬態していたりしないか・・・と考えて、イブは周囲を見渡すものの・・・・・・やはり、どこにも魔物の姿は見えなかった。
今もなお、彼女の耳には魔物の鳴き声が聞こえていたが・・・どうやらこの部屋ではなく、隣か近い場所にある別の部屋からの音らしい。
「・・・逃げよ・・・」
そして彼女は、自分が直ぐに魔物に食べられないことを悟ると、出口を探して、大きな空間の中を彷徨い始めたのである。
・・・しばらくして。
「無い・・・ここ、出口が無い・・・」
肉塊と共に落ちてきた穴以外で、外へと繋がる道を見つけることが出来なかったイブは、肉塊に腰を下ろして頭を抱えていた。
床から高さ15m程度の場所まで四方を垂直の壁が取り囲み、その上を複数の黒い柱のようなようなものが天井に向かって伸びている・・・そんな40m四方の巨大な空間の中に、イブは一人、放り込まれてしまったようなのである。
どうにか壁を15m程登ることができれば、黒い柱の隙間から逃げるのも不可能では無さそうだが・・・近くに高さ7〜8mほどの巨大な岩のようなものが2つあるだけで、その他にはよじ登るためのハシゴも道具も何も無かった。
もしもこれがイブを閉じ込めておくためのカペラの罠だというのなら、随分と巨大な牢獄であると言えるだろう。
「・・・やっぱり、ここで肉を焼いて食べろ、ってことなのかも・・・」
開き直ってそんなことを呟きながら、肉塊に眼を向けるイブ。
それからしばらく肉を眺めていると・・・
グゥゥゥ・・・
彼女のお腹から、そんな音が聞こえてきた。
「・・・お腹減ったなぁ・・・」
一応、牢屋を逃げ出してくる際、ロリコンの差し入れた食事を平らげたイブだったが、4日間絶食した後の彼女にとっては、少々足りなかったのである。
「・・・焼こう」
・・・そしてイブは、巨大な檻の中で、本当に肉を焼き始めた。
ジュー・・・
それほど大きくはない火魔法で、少しずつ肉を焼いていくイブ。
逃げ出した当初こそ、見つかるかもしれないと魔法の使用を制限していたイブだったが、現状を鑑みると、むしろ今はロリコンでもいいから見つけて欲しい、と思っているようだ。
なお今、彼女が手にしているのは、1本の骨付き肉・・・所謂スペアリブなのだが、魔物の肉塊からそれを切り出すのに、相当な苦労をしていたりする。
詳細については割愛するが、滑ってきたトンネルの入り口の角が尖っていた・・・それだけ言えば、どうやって肉を切ったかは分かるだろうか。
「あぁ・・・美味しそう・・・」
周囲に立ち込める、焼けた肉の匂い・・・。
それだけで、丼いっぱいの白米を平らげることが出来る・・・あの、香ばしき匂いである。
「・・・うん。レアが美味しいって、とーちゃんも言ってたし、こんくらいでいっか!」
そう言うとイブは、適当な所で火魔法を止め、焼けたスペアリブを、
シャキーン!
と天に向って掲げると・・・・・・ワルツから教わった言葉を、何かの呪文のようにして唱えた。
「いっただっきまーす!」
・・・その瞬間だった。
バクッ!
モグモグ・・・(バリバリ・・・)
ゲホッ・・・
一瞬で食べ終わり、ゲップをする音が聞こえてくる・・・。
・・・どうやらイブは、食べるのが早いらしい。
・・・まぁ、犬の獣人であるとはいえ、流石の彼女でも、自分の腕ほどの太さがあったはずの骨をまるごと噛み砕けるはずは無いのだが・・・。
「・・・あれ?」
美味しそうな色をしたスペアリブが自分の手から無くなっていることに、食べようとして口に持ってきてから気づくイブ。
それから手のひらをグーパーグーパーと開いたり閉じたりした後で・・・ゲップが聞こえてきた方向を振り向いた・・・。
「うむ・・・美味だった。中々に良い腕をしておるな、小さき者よ・・・」
「・・・?」
彼女が振り向いた先では、先程まで離れた場所にあったはずの大きな岩が、目の前まで移動してきていたのである・・・。
「・・・ま・・・まさか、魔物?!」
岩が実は魔物だったのではないかと思い、後退りするイブ。
・・・だが状況は、彼女の想像とは異なる方向へと転がりつつあった。
何故なら・・・彼女が後ろに下がったために見えてきたソレは岩などではなく、
「魔物とな?ふむ。主らは我らを魔物と呼ぶが・・・我らは我らのことをこう呼ぶのだ・・・」
・・・更には普通の魔物ですら無かったからである。
「・・・ドラゴン、と」
そして彼・・・飛竜は、イブの前で、20m近い巨大な翼をあらん限りに広げたのである・・・。
今日はかなり(?)話を進めたのじゃ。
本当はもう少し少なくしようと思ったのじゃが・・・、半端に書くと、飛竜の登場が微妙な感じになりそうじゃったので、一気に書いてしまったのじゃ。
というわけでじゃ。
作者名にあるように、ルシア嬢も書くことになったのじゃが・・・あやつ、妾が書き終わるのが遅くなったせいで、今日はもう寝てしまったのじゃ・・・。
じゃから、今夜は妾が一人だけで、あとがきを担当するのじゃ。
さて。
あの、ピッ、という音じゃが・・・お察ししていただければ助かるのじゃ。
詳しくは、本編のこれから出てくるはずなのじゃ。
あと、兵士達の格好についてなのじゃ。
地の文の方では特に指定がない限り、イブの視点、イブの知識から見た解説になるということを知ってて欲しいのじゃ。
・・・それ以上、詳しくは言わぬがのう?
今日の話で補足したい点は、そのくらいかのう・・・。
・・・え?何でルシア嬢が作者の名前に入ることになったのか?
それはのう・・・色々あるのじゃが、端的に言えば、気づくと風呂に沈められ・・・いやなんでもないのじゃ。
細かいことを気にしておっては、尻尾の毛が抜けてしまうぞ?




