15.02-37 魔神37
「…………」
王妃カレンは、自室で優雅に茶を口にしていた。彼女は朗報を待っていたのだ。
ズドォォォォン!
等間隔の時間で聞こえてくる爆発音は、彼女の指示。ワルツたちをおびき出すか、あるいは町から出て行かせるための嫌がらせを目的とした魔法攻撃だった。"城"の壁は、冒険者や騎士たちが寄って集って攻撃しても壊せないことを知っているので、敢えて壊すような事はせず、嫌がらせに使うことにしたらしい。
ちなみに、ワルツたちをおびき出せたとして、カレンはワルツたちの事をどうこうするつもりは無い。ただ、冒険者たちが勝手に攻撃しているのだと釈明するだけだ。そしてワルツたちを冷遇した後、再び嫌がらせの攻撃をするつもりだった。
「さぁ、いつまで耐えられるかしら?」
そう言ってカレンはフフッと笑みを零した。
……その様子を見ている者がいるとも知らずに。
◇
次の日の朝。
ズドォォォォン!!
今日も冒険者たちは朝から絶好調。受けた依頼のとおりに、定期的に"城"の壁に魔法をぶつけていく。
そんな彼らは、まったく意味の無い作業にうんざりしていた——わけではなかった。あまりに壁が硬すぎて、まったく傷も罅も入らなかったので、逆に「我こそは傷を付けてみせるぞ!」と躍起になっていたらしい。昨日までは、破壊することを前提に考えていたが、今では傷を入れる事が目標になっていたので、もはや壊す気が無いと言えるかも知れない。
その攻撃による爆発音は、"城"だけでなく、王城の方まで響き渡っていた。もちろん、カレンの耳にも届いている。
ズドォォォォン!!
「…………粘るわね」
爆発音のせいで、彼女自身、昨晩はそれほど眠れていない。うるさいので、別邸に疎開でもしようかと考えていたほどだ。
だが、彼女は王城から動けなかった。彼女が政府を掌握できるのは、国王のグレンが不在の間だけ。逆に言えば、グレンが不在なら、カレンは国を比較的自由に動かすことが出来るのである。
そう、彼女は、グレンが病に伏せっていることにするため、彼のことを眠らせていたのだ。それも薬ではなく、魔法の一種を使って。
それは一般的に"呪い"、あるいは呪術と言われるものだった。自由に性質を変えられない魔法とは異なり、呪術は変幻自在。人などの生き物だけに限定されるが、術者が思い描くような様々な効果を、対象者に付与させることが可能だった。もちろん、複雑になればなるほど、呪術の規模も大きくなるので、準備に時間が掛かってしまうが。
そしてグレンは今、その呪術をうけて、眠らされている。呪術を使えば、人を眠らせることも容易。問題は、呪術を継続させるために、術者も対象者の近くにいなければならないことくらいである。
ゆえに、カレンは、グレンを眠らせ続けるために、彼の近くを長時間離れられず、疎開するにも出来なかった、というわけだ。
「…………やり方を改めようかしら?」
目の下に隈を作りながら、カレンはワルツたちを国から追い出す方策を考える。
カレンにとって、ワルツたちは邪魔な存在だった。なにしろ、ワルツたちは、王妃に代々受け継がれてきた呪術——国王を好みの年齢で止める呪いを、いとも容易く解いてしまうのである。薬師であるグランディエも同様。王妃たちにとっては、宿敵とも言える存在だった。
なお、それが理由で、グランディエたち"薬の魔女"が、いつしか"魔王種"として討伐対象になっていたのだが、カレンを含めてその歴史を知る者はもういなかったりする。
「(早く、あの魔王たちを追い払って、グレン様を元の姿に戻さなきゃ……)」
カレンの表情に、王妃とは思えない黒い色が浮かぶ。
「(正面から争っても話にならないのは確か。だから、追い払おうとしているのだけれど、それも効果は薄そう……。直接、城の中に間者を送り込む?……あまり現実的とは言えないわね……)」
ドゴォォォォン!
「あぁ……うるさいわ。うるさい。まるで、羽虫ね。目の前をハエが飛んでいるかのようだわ」
カレンは虚空へと目を向けた。しかしそこには虫一匹飛んでおらず……。虫ではない何かが浮かんでいるかのようだった。




