15.02-33 魔神33
「……うーん……眠れない……」
「あ、先生もですか?寝られないですよね……。さきほど起きたばかりですし……」
一瞬で惑星の裏側まで連れて来られたために、ハイスピアとアステリアは、時差の影響を受けて眠れなかったようである。彼女たちの体内時計は、今は昼頃。対して、現地時刻は深夜。部屋とベッドは用意されたものの、2人にとって、すぐに睡眠するというのは、難しい事だった。とはいえ、ワルツたちと共に行動する以上、明日も何か事件や事故の類いが起きないとも限らなかったので、2人は無理矢理に寝ようとする。
「…………」
「…………」
「…………眠れない」
「…………眠れませんね」
しかし夜半を過ぎても眠れなかった2人は、結局、眠らずに、徹夜をする事を決めたようである。
そうなると、部屋の中でジッとしているというのは、2人にとって難しいことだった。なにしろ——、
「このお城、どうなっているのでしょうか?」
「気になりますよね」
——転移してきてからというもの、未だ建物の中を案内してもらっていないのだ。見たのは食堂と上り階段と客室だけ。それ以外がどうなっているのか、2人は何も知らなかった。ちなみに、トイレは客室の中にあるので、わざわざ外に出る必要はなかったりする。
結果——、
「朝まで時間もありますし、ちょっと見て回りましょうか?」
「そうですね。部屋から出てはいけないとは言われていませんし……」
——2人は"城"の中を見て回ることに決める。
ガチャッ……
しーん……
「……流石に皆さん、寝ているようですね」
「そのようですね。そういえば、ルシアちゃんたちが合流したのは、いつ頃なのでしょう?場合によっては、私たちと同じように眠れないでいると思うのですが……」
「静か、ということは、きっと、かなり前に合流したんじゃないでしょうか?」
「明日、聞いてみましょう」
廊下に顔を出しても、物音ひとつ聞こえない様子を前に、アステリアとハイスピアは、小声でそんなやり取りを交わす。
それから2人は廊下へと出た。"城"と同じく、石造りの廊下は、2人が歩いても軋み音すら上がらないほど頑丈。そんな廊下には、原理不明の光源が灯る廊下は、時間に関係無く、廊下を照らし出していた。ゆえに、2人は足音も足下も気にする事なく、スタスタと廊下を歩いて行く。
最初に2人がやってきたのは階段だ。天辺から地面まで貫く大きな吹き抜けのある螺旋階段。そんなものが、城のほぼ中央に存在していた。ちなみに、食堂があるのは、螺旋階段を1階まで下った場所のすぐ目の前である。
「上に行きます?下に行きます?」
「上……」
と言いつつ、螺旋階段から顔を出して、上を見上げるハイスピア。すると、その直後、彼女の足がプルプルと震えだす。
「上はやめておきましょう。どこまで続いているのかまったく見えません」
「……先生、もしかして、上を見るのが怖いんですか?」
「こ、怖くなんてありませんよ?さぁ、下に行きましょう!」
「高所恐怖症……の逆ですかね?」
ハイスピアは何をやっているのだろう……。螺旋階段の壁際を、まるで張り付くように歩くハイスピアを後ろから眺めながら、アステリアは不思議そうに首を傾げた。
そんなハイスピアの行動は、1階に辿り着くまで続き……。辿り着いたら辿り着いたで、そそくさと階段から離れてしまう。
「階段が怖いんですか?」
「階段は怖くありませんよ?えぇ、階段は」
「では、高いものを見上げるのが怖いんですか?」
「…………」
無言。肯定だろうか。
「(そういえば、ハイスピア先生、地下で生活していたときも、殆どお家から出ようとしませんでしたね……。出たら出たで、宙を見上げてプルプルと震えていましたが……あれは、ルシアちゃんの太陽魔法を怖がっていたのではなく、高い天井を怖がっていたのかも知れないですね……)」
アステリアはハイスピアの行動を思い出し、まるで可愛そうなものでも見るような視線を彼女に向ける。なお、世の中には低所恐怖症というものが存在しており、決して珍しい症状ではなかったりする。
まぁ、それはさておき。
「次はどちらに?」
「あちらは食堂の扉で、あちらは……地下の空間に繋がる扉でしたね」
「こっちの扉はどこに繋がっているのでしょう?」
「……では、こちらに行ってみましょうか」
「あ、はい」
ハイスピアが率先して動き、その後ろをアステリアが追いかける。
扉を開くと、その先は長い廊下になっていた。それもかなり大きな廊下だ。
「これ、外に繋がる廊下じゃないですか?」
「そうみたいですね……。まぁ、とりあえず行ってみましょう。外がどうなっているのか気になります」
「ですね」
そんなやり取りをしつつ、2人が歩いて行くと、間もなくして、大きな扉へと辿り着いた。
見るからに正門といった様子の扉で、2人が触れる限り、押しても引いても開くことはなさそうだった。ただ、幸いなことに、正門の横の方に、通用口のような小さな扉があって……。2人はその扉の前へと移動する。
「ここから外に出られそうです」
「ここはラルバ王国という名前の国でしたね。ワルツ様は王都に"お城"を建てたと仰っていましたが……」
「…………」ゆらぁ
「せ、先生!気を確かに持って下さい!まだ、扉を開けていませんし、景色を見たわけでもないんですから!」
「そ、そうですね…………ふぅ。落ち着きました。さぁ、開けて下さい」
「……はい。では、いきます!」
ハイスピアが落ち着いた様子を確認したアステリアは、扉に手を掛けて……。そして押した。
すると、扉はゆっくりと開いていく。まるで抵抗なく開いていくのは、ワルツの建築技術の賜か。
そして、2人は、予想外の光景を目の当たりにするのである。
「「…………えっ」」
「「「「「…………」」」」」ゴゴゴゴゴ
夜闇に溶けた無数の目が、自分たちのことを注視している——そんな光景を。
ルシア「zzz……」
イブ「zzz……」
妾「……眠れぬ」




