15.02-29 魔神29
ラルバ王国とは惑星を挟んで裏側の国。より具体的には、レストフェン大公国にある、とある村での話。
その地下空間に、黒い狐の獣人(?)であるアステリアと、怪我のために身体がパッチワークのような見た目に変わってしまっていた元学院教師のハイスピアが、遅めの朝食を口にしていた。
彼女たちは、主がいなくなった住居の中ではなく、めずらしく外に出て、朝食を摂っていた。ただ、宙に浮かぶ人工太陽を見上げる2人の表情は、あまり明るいと言えるものではない。どこか寂しげな様子だ。
「あの太陽も、今日で最後みたいです」
「段々と萎んでいますからね……」
地下のある人工太陽は、ルシアが浮かべたものである。彼女がいなくなった事で、人工太陽への魔力供給が止まり、ゆっくりと萎みつつあったのだ。
今はもう、辛うじて灯っているといった様子で、今日か明日にでも無くなってしまうのは明白だった。そうなると、地下には住むことができないのは明らか。地下に住んでいた他の獣人たちなどは、早々に地上へと移住した後だった。
ゆえに、地下空間に残っていたのは、アステリアとハイスピアの2人、それと——、
『僕の計算が正しければ、そろそろのはずですが……』
——まるで執事のように、2人に付き従っていたポテンティアの合計3人だけだった。
「「計算?」」
『今日まで、この主無き住居を守り続けたお二方には、きっと良いことがあるのではないか……。そう思うのです』
「良いこと、ですか?」
「まさか、ワルツ先生やルシアちゃんたちが戻ってくるわけでもないでしょう」
『さて、それはどうでしょうか?僕は信じているのですよ。ワルツ様も、ルシアちゃんも、意外に義理堅い方々だと。それに……』
「「それに?」」
『……いえ、なんでもありません。これは僕の直感ですよ』
ポテンティアはそう言って宙を見上げてから、溜息を吐いて……。そして険しい表情を見せて、言った。
『お二人に黙っていたことがあります。これは、お二人にとって、良い話ではありません。実は僕も……そろそろ行かなければならないのです』
ポテンティアの発言に、アステリアたちは耳を疑った。ポテンティアもまた、自分たちを捨てようとしていると考えてしまったのだ。そう、ワルツたちと同じように。
「どうして……」
「なぜです?!」
『コルテックス様に呼ばれているのです。だたちに合流せよ、と。それも、1週間以上前の連絡です。そろそろ無視する事はできません。申し訳ないのですが、お二人に付いていられるのも、あの太陽が消えるまでのことになるでしょう。場合によっては、もう少し早いかも知れません』
ポテンティアの説明を聞いたアステリアたちは、思わず食事の手が止まってしまっていた。ワルツがどこかに消えて、ルシアたちも2人の元を離れ、そしてポテンティアもどこかに行くというのである。ショックを受けない方が難しい状況だった。
結果、2人ともが宙を見上げた。2人が地下空間を離れるのも、人工太陽が無くなるまでのあと少しの間。その先どうすれば良いのだろうか……。
悩む2人だったが、彼女たちは無力、というわけではなかった。これまで幾度となく、同じ事で悩み続けてきた上、ワルツたちに色々な技術や魔法を教えてもらっていたからだ。
「……仕方ありません。悩んだところで結果は同じです」
「……そうですね。以前言っていた通り、私たちの事を忌み嫌わない国を……安住できる国を探しましょう」
「ご飯を終えたら、出発の準備を始めますね」
2人はポジティブだった。ワルツたちがいなくなっても決して諦めないという意思が、2人からは滲み出ているように見えていた。
そんな2人の姿を見たポテンティアは、ニッコリと笑みを浮かべると、スゥッと物陰に消えた。これは永遠の別れではなく、単に別行動になるだけ。彼の笑みには、そんな意味が込められていたのかも知れない。
こうしてポテンティアもまた、2人の前から姿を消したのである……。
◇
そして人工太陽の灯火が消える。終わりは一瞬。美しい花火が消えるように、人工太陽は暗闇の中に溶け込むようにして無くなってしまった。
その姿を、人工太陽と同じ高さ——地下空間への出入り口付近で眺めていたアステリアとハイスピアは、余韻に浸るように、あるいは名残惜しむかのように、しばらくその場で佇んでいた。
最早、温めてくれた輝きはない。その場にいれば、段々と気温が下がって、ただの空洞に戻るだけ。
「……行きましょう」
「……そうですね」
ハイスピアの言葉に、アステリアが頷いて……。2人は、地上へと繋がる階段を登っていった。その階段の先に、幾多の苦難と冒険が待ち構えていると覚悟して。
そして——、
「あら?やっぱり、まだあの場所にいたのね」
「流石お姉ちゃん」
「地下空間ごと転移させるとか、やはりア嬢の姉なのじゃ」
「もう、意味わかんないかもだし」
「この方々が……アステリアさんとハイスピアさんですか?」
「「……えっ?」」
——2人は久しぶりの声を聞くことになる。
1年目は、0〜364日目のことを指すのじゃ。
つまり、今日は、記念すべき10年目が始まった日、ということかの?
……このどうにもならない物語を書き始めてから。
……いや、やっぱり9年かもしれぬ……。
まぁ、誤差かの。




