15.02-26 魔神26
王妃カレンが謁見の間へとやってきた直後から、段々と人々の意識が戻ってくる。元は、乱心したグレン側に付いていた者たちと、粛清を受ける側に分かれていた者とに別れていたのだが、今では、双方入り乱れての大混乱状態。皆、今の自分たちの状況が理解出来ないでいるようだった。
謁見の間の中だけでなく、王城全体で混乱が生じていることを察したワルツは、これは拙い、と思ったのか、隠れていた天井裏から、グレンに向かって呼びかけた。
『グレン!城全体で人々が目を覚まし始めているわ?』
「ワルツ様?!」
『貴方の手腕の見せ所よ?さぁ、この混乱を収めて!』
「……御心のままに」
『は?』
ワルツは思わず聞き返してしまった。王が町娘(?)に対して返答する言葉ではなかったからだ。
だが、ワルツの最後の問いかけは、小さく不明瞭だったためか、雑音となって、謁見の間の中に消えていく。ワルツの呼びかけや、グレンの返答を聞いていた者たちの間で、ざわつきが広がっていたからだ。
「皆の者!静まれぃ!」
鶴の一声、と言えば良いのだろうか。グレンの呼びかけによって、謁見の間の中が、シーンと静まる。グレンに発言の真意を問いかけようとしていたワルツも、皆と同じように黙り込んだ。そう、彼女は小心者。声量や迫力のある人物の前では、黙り込んでしまうのだ。
「これより我は、城の混乱を収めねばならぬ!其方らが聞いておったとおり、これは神よりの啓示だ!」
『(いや、神様じゃないし!魔はどこ行ったのよ?魔は。っていうか、そもそも、何なのよ?この空気……)』
本来、あるべき姿に変わったグレンの気配は、少年のような姿だった頃とは比べものにならないほど、大きな物へと変貌していた。小心者であるワルツには、簡単に話しかけられるような気配ではない。
『(んー、もう……いっか!)』
結果、ワルツは匙を投げた。元々、ワルツがここに来たのは、グレンが貴族たちに害されないかを確認するためなのである。今の彼を見る限り、この先、問題が起こったとしても、自力でどうにか出来そうだったのだから、ワルツがこの場にいる必要は、最早なくなっていたのだ。……決して、今のグレンに関わりたくなかった、というわけではない。
なお、この時、王妃カレンが、これ以上無いくらいに青ざめた表情を浮かべていたことにワルツは気付いていない。天井裏に隠れていたワルツには、カレンの顔を見ることは出来なかったからだ。
◇
ブゥン……
「ただいま」
ワルツが"城"の食堂へと帰ってきたタイミングで——、
ガチャッ……
「い、いま、戻ったのじゃ……」ぜぇはぁ
——テレサも戻ってくる。大質量の彼女にとっては、上り階段だけでなく、下り階段も、足腰に大きな負担がかかるらしい。まぁ、彼女の足腰は電動で動いているので、疲れなど、ただのエミュレーション上の数値でしかないのだが。
「おかえり。お姉ちゃんとテレサちゃん。どうだった?町は燃えてた?」
「いや、町は燃えていなかったわね。お城は燃えていたけれど」
「そっかぁ……」
「何故そこ、微妙に残念そうなのじゃ……」
今なお、稲荷寿司を頬張っていたルシアは、ワルツの報告を聞いてから、興味無さげに食事へと戻った。城が燃えていても、興味は無いらしい。
一方、グランディエは、グレンと浅からぬ繋がりがあったためか、城が燃えているというワルツの言葉を聞いて、思わず聞き返した。
「し、城が燃えているって、大丈夫なのですか?!」
「んー、多分」
「多分って……」
「色々と事情があってね。グレンの病なのだけれど、テレサが治しちゃって、彼、あるべき姿に戻ったのよ。あれだけ覇気があれば、多分大丈夫よ」
「えっ……テレサ様が治した?テレサ様も薬師だったのですか?」
「いやいや、妾は、ただの町むすm……元第四王女なのじゃ……」げっそり
「はあ……。テレサ様の国では、王女様が薬を調合できるのですね……。ミッドエデンという国は、想像以上にすごい国のようです」
「いや、違うから」
「なんでテレサちゃん、ちゃんと事情を言わないのかなぁ?」
「町娘を名乗れるのは、ワルツ様だけかもだし!」
「それ、イブ嬢だけには言われたくないのじゃ。……いや、そういえばお主も、今はボレアスの第一皇女だったかの?」
などと、取り留めの無いやり取りをした後で、ワルツとテレサは事情を説明した。もちろん、言霊魔法についても。
その結果、グランディエが、しょんぼりとしていたのは、薬師としての立場が無くなってしまったと感じていたためか。




