15.02-25 魔神25
グレンを送り届けた(?)後、ワルツとテレサはその場で別れた。乱心していたグレンを王城に送り届ければ、彼が貴族たちから攻撃される可能性を否定できなかったこともそうだが、そもそも今の彼は、以前と見た目が大きく変わって、別人のような容姿になっていたのである。単に送り届けただけでは、誰も彼がグレンだと認識できないはずなので、ワルツは念のため様子を見に行くことにした、というわけだ。
なお、テレサは、塔の下まで、また螺旋階段を下ることになったのだが、流石に飛び降りる勇気はなかったらしく、徒歩で食堂まで戻ったようだ。その際、彼女が、ゲッソリとした表情を見せていたことは言うまでもないだろう。まぁ、階段を登るよりは遙かに楽だったようだが。
まぁ、それはさておき。
ブゥン……
「(グレンはどこかな、っと……あ、いた!)」
ワルツは人に見つかることなく、ラルバの王城へとやってきていた。グレンを転移させた場所の近くだ。彼女は、グレンにも見つからないよう、物陰を狙って転移したわけだが、その場にいた者たちは、依然として意識を失っており……。意識があるのはグレンだけだった。
そんな彼は、意識の無い貴族や兵士たちを見て、まさか乱心した自分が殺してしまったのだろうか、と不安に駆られていたようだが、皆に息があることを確認してからは、ホッとした様子で、玉座に座っていたようだ。
そう、彼が転移陣で送られた先は、謁見の間。王がドシッと構えて、事の成り行きを見守る場所である。……決して、柱の中や、天井裏など、隠れる場所がたくさんあったので、ワルツが監視しやすい場所だったから送り込まれた、というわけではない——はずだ。
「ふむ……」
玉座に座るグレンが、ワルツの転移に気付いた様子は無い。ワルツからは、人どころか、生き物の気配すらせず、また高効率の転移魔法陣を使っている関係で魔力の"揺らぎ"も発生しないので、一般人が彼女の気配を感じることは不可能なのだ。気配を消そうとして消している訳ではないので、影が薄いと言えなくもないが、そこを気にしてはいけない。
結果、グレンは、ワルツに気付くことなく、玉座に座っていた。今の彼は、欲していたすべてを手に入れた状態。時折顔にペタペタと手を当てたり、自分の身体を触ったりしながら、たまに笑みを浮かべるなど、喜びが隠せない様子である。
おそらく、今すぐにでも、鏡の前まで走って行って、自分の顔や身体を確認したかったに違いない。身体が大きくなったことで、はち切れてしまった服についても、すぐに着替えたかったはずだ。そう、今の彼は、ほぼ裸の王様状態なのだから。
それでも彼が玉座から動かなかった理由は、おそらく、玉座から離れてしまうと、彼が誰なのか、周りの者たちに分かってもらえなくなるためだろう。あるいは、歴代の王たちも、"薬"を飲んだ後に、彼と同じ事を行ってきたか。
「(テレサ曰く、グレンのあの症状は、呪いの影響らしいわね……。誰にいつ受けた呪いなのかしら?末代まで祟るってやつ?ってことは、グレンの子どもたちも、みんな呪われていると思うのだけれど……)」
ワルツは天井裏に隠れながら考えた。一体誰がグレン——ひいては、ラルバ王国の王たちを呪ったのか。その理由は何なのか……。
考え込んでいる内に、ワルツの中で、一つの可能性が浮かび上がる。
「(どうしてグランディエは、解呪の薬を作れるのかしら?いや、死ぬから解呪とは言えないのかも知れないけれど……)」
グレンの呪いを解くことが出来るグランディエが、実は、グレンの呪いの原因に関係しているかも知れないという可能性だ。
「(グランディエや、その先代が、グレンたちの事を呪った?いえ、それは無いわね。そんな事が出来るなら、薬を使って一族を根絶やしにすれば良いだけだし。アリの巣を滅ぼすみたいにさ?それか、国中、薬漬けにして、国を弱体化させるって方法もできたはずよね。でもやらなかったってことは、少なくとも、グランディエたちは、呪いに直接関与しているわけではない……はず。若いままの姿をずっと留めておく呪いっていうのが、意味不明なのよね……)」
グランディエの関与を否定する材料はいくらでもあった。その最たる例として、グランディエには動機がまったく無いことが上げられるだろう。愉快犯ならまだしも、ここ数日、グランディエと行動を共にしているワルツから見る限り、彼女がグレンやラルバ王国のことを恨んでいるようには見えず……。怒りや憎しみといったものを秘めているようには見えなかった。ワルツと一緒に旅に出たいと言う程なので、ラルバ王国に興味はないのだろう。
「(私が見抜けないくらい化けの皮が厚い、って可能性もゼロではないけれど、でも、違うと思うのよね……)」
そして最初の疑問に戻る。
「(じゃぁ、だれが、グレンたち王族のことを呪ったのかしら?)」
ワルツの疑問が暗礁に乗り上げようとしたその時。玉座の間に、誰かがやって来る。
ギギギギギ……
「ん?誰です?その椅子に座っているのは。その椅子は我が王のもの。すぐに……いえ、まさか……!」
謁見の間にやってきたのは女性だった。グレンと同じくらいの歳の女性だ。誰か(?)に暴行でも受けたのか、多少服は乱れていたものの、気品があって、頭に冠を付けた女性。それはグレンの妻。つまり王妃であった。
「おお、カレンか!無事であったのだな!」
「そのお言葉……まさか……本当に陛下なのですか?!」
「うむ!ちょっと……いや、我も皆と同じように気を失っていたのだが、気付くとこの身体になっておってな?」
「……そうなのですね」
カレンと呼ばれた王妃は、すこし残念そうな表情を見せた。その様子を見て、グレンはこう口にする。
「案ずるな。カレンよ。おそらく、この姿になっても、我の寿命が短くなることは無いはずだ」
「まあ!そうなのですか?」
「うむ。薬でこの姿になったわけではないからな!」
「そうなのですね……。もうすこしお話を詳しくお聞かせ下さいませ」
そう口にしてグレンに近付くカレン。そこに害意のようなものは見えなかったが、彼女の表情には、ほとんど喜色は浮かんでいないようだった。




