6後-15 情報収集6
リスの獣人リーブルは、嘗て、ビクセン市の北方の領地を治める貴族であった。
当時、彼女は相当な地位にあり、魔王の正体を知る数少ない者の一人でもあったのである。
18年前、ユキたちが新しい身体に慣れるために、不在となる1年間の国の執政を彼女に任せるほどに信頼を寄せていた・・・と言えば、どれほどの権力を持っていたのかは想像できるだろうか。
それから暫くの後、身体の衰えを感じていた彼女は、息子に家督を譲って自分の爵位を返上すると、生活の便の良い街で本屋として隠居を始めたのである。
・・・まぁ、そこでは、なんてことはない普通の話である(?)。
だがリーブルとその後を継いだ息子との間では、政策について意見が会わず、隠居した後も、度々衝突を繰り返したのだとか・・・。
彼女が年を取るにつれて、その衝突はエスカレートし、ついには絶縁するまで至ってしまったのだという。
それから彼女は、嘗ての好や伝を通して、息子の政策と真っ向から対立する政治団体を作り上げたようだ。
全ては、魔王シリウスとこの国の為を思っての行動だったのだが・・・どうやら、どこかでその歯車に、異物が混入してしまったらしい。
あるいは、魔王そのものが、消耗して歪んでしまった・・・とも言えるだろうか。
「それで、ユキF・・・えーと、ユークリッド=N=シリウスに、なんて言われたわけ?」
「・・・」
ワルツの言葉に黙りこむリーブル。
(・・・ん?もしかして、耳が遠いのかしら・・・)
「おばぁちゃん、聞こえるー?ユキのお姉ちゃんの、ユークリッd」
「・・・聞こえております」
「あ、そうですか・・・」
リーブルは、年老いたとはいえ、皇帝に忠誠を誓った身。
例えワルツが魔神であったとしても、主からの命を簡単に話すことは出来ないのだろう。
そのことを察したのか、
「私からもお願いします。ヌル姉様に何と言われて、何をしたのか、お教え下さい」
そう言ってユキは頭を下げた。
「・・・?!」
まさか、目上の存在であるはずのユキが頭を下げてくるとは思わなかったのか、彼女の姿に動揺するリーブル。
「シリウス様。どうかお顔をお上げ下さい!あなた様が直々に仰られているというのに、それを隠すような真似はしませんので」
そして、ユキが頭を上げた姿を見て、リーブルは安堵のため息を吐くと、ユキFから受けた命令について話し始めた。
「・・・スカービクセン、そしてデフテリービクセンの破壊を命じられたのでございます。手段は問わず、ただ破壊して欲しいと・・・。ヌル様の心情を察すると、例え市民に犠牲が出てしまうと分かっていても、どうしても拒否することが出来なかったのです・・・」
『・・・』
そんなリーブルの言葉に、難しい表情を浮かべながら静かに聞き入るユキとワルツとカタリナ(と他1名?)。
話の中にプロティービクセンのことは出ていなかったので、どうやらリーブルにはユキFの命令が正しく伝わっているようである。
「ただ、ヌル様同様、私も王城の者達には顔を知られているので、直接手を下すことが出来ませんでした。そこで私は、仕方なく伝を使って、そういった荒事を専門に扱っている者に、迷宮の破壊を依頼したのでございます・・・」
「・・・それが、カペラたちだったってわけね・・・」
「・・・カペラ?」
ワルツのつぶやきに対して、誰?、と言った表情を見せるリーブル。
その様子からすると、依頼した相手は、カペラと言う名前ではないらしい。
「・・・?偽名でも使ってるのかしらね・・・?」
「彼は本来、河渡しをしていたはずなので、もしかすると別に仲介者がいたのかもしれません」
「あー、なるほどね」
ユキの言葉に、腕を組みながら頷くワルツ。
それから、次にどんな話を聞こうかとワルツが考えあぐねていると、再びリーブルは口を開いた。
「・・・シリウス様・・・。誠に申し訳ございません!」
そう言うと彼女は、急に頭を下げたのである。
「・・・どうしたのですか?謝罪なら先程受けましたが?」
「いえ、その件とは別件でございます」
それからリーブルは、謝罪の理由を口にした。
「・・・どうやら、私の記憶は、何者かによって改竄されてしまっているようです」
『・・・?!』
「耄碌してしまった可能性も否定は出来ませんが、ここに貴女様がいらっしゃるまで、私の中でのシリウス様は男性でございました。今でも何か、頭の中に霧がかかったような大きな違和感が残っております・・・。恐らく、何らかの魔法の影響かと・・・」
そう言ってリーブルは、痛みに耐えるような素振りで額に手を当てた。
どうやら彼女にも、第5王城の職員と同じく、言霊魔法の影響が掛かっているらしい。
その性質を考えるなら、むしろ洗脳魔法と言うべきだろうか・・・。
(良くそんな状態で、姿が変わったユキをシリウスだと信じられたわね・・・)
と、精神的にリーブルを追い詰めたことを忘れて、そんなことを思うワルツ。
それから彼女は、リーブルに対して質問した。
「・・・そう。じゃぁ次の質問。その専門業者とやらが、一体どこに根城を構えているのか、教えてくれないかしら?ちょっと、用事があるんだけど」
そんなワルツの質問に対して、眉を顰めながらリーブルは逆に質問した。
「・・・その者を探して、一体何をされるおつもりですか?」
真っ黒な姿の魔神を見たリーブルには、一つしか目的が考えられなかった。
即ち、殺害である。
確かに、迷宮の破壊を依頼した相手が自分の記憶の操作に関与している可能性についても否定はできなかったが、全く関与していない可能性も、また、否定できなかったのである。
恐らく彼女は、その知人が後者だった場合、罪もなく消されてしまうことを心配して、直ぐに答えられなかったのだろう。
だが、本物の魔神ではないワルツに、そのつもりは全く無かった。
「・・・拐われた子どもを助けに行きたいのよ」
「・・・!」
予想とは違う答えが返ってきたためか、リーブルは大きく見開いた眼を、ワルツに向けた。
「・・・ま、まさか・・・」
そう口にしながら、ショックを受けた様子で、一歩、また一歩と、後ろに下がっていくリーブル。
そのまま放っておくと、後ろに転んでしまいそうなので、ワルツは重力制御を使って近くにあった椅子を引き寄せると、彼女の後ろにそっと置く。
すると直後、リーブルはその椅子に吸い込まれるかのようにして腰を下ろした。
それから彼女は、茫然自失といった様子で、俯きながらワルツに問いかける。
「私は・・・子どもを誘拐するような者達に・・・この国の未来を託してしまったのですか・・・?」
「んー、もうすこし話は複雑かもしれなから、そうとも言い切れないけどね・・・。だから、それを確かめるためにも、協力者の居場所を教えてほしいのよ」
「・・・わかりました」
それから彼女は椅子から立ち上がろうとして・・・とあることに気づく。
・・・右手に握っていた水晶である。
「そ、そうです!この水晶、私の記憶にあるシリウス様の名を語る男と連絡するための魔道具でございます!」
『!』
「この水晶から出ている魔力を辿っていけば、彼の者が持っている対の水晶にたどり着くはずです!」
そう言ってリーブルは、手に持った水晶をワルツたちの前に掲げた。
・・・その瞬間である。
ドシャァン!!
彼女が持っていた水晶が突然爆散し、粉々になった破片が周囲に飛散したのだ。
「!」
突然の現象が起ってから50マイクロ秒(0.00005秒)。
ワルツは重力制御を展開し、カタリナとユキを破片から守った。
だが、音速近い速度で吹き飛んだ水晶の破片は、その間に15cm程度進み、リーブルの右手を完全に吹き飛ばしてしまった。
「・・・?」
突如として、自分の腕が吹き飛んでしまったことに、うめき声を上げるでもなく、叫び声を上げるでもないリーブル。
彼女は、目の前でまるで小さな花火のように広がったまま止まっているガラスの破片と赤い飛沫に、不思議そうな視線を向けていた。
・・・だが、それも一瞬のこと。
「ぐあっ!!」
それからすぐに、血液が吹き出し続けている手を抑えながら蹲ってしまった。
「カタリナ!」
何が起ったのか分からないまま固まっていたカタリナに対して、声を飛ばすワルツ。
「っ!」
カタリナは、そんなワルツに対して返事をすることなく、直ぐさまリーブルに対して回復魔法の行使を始めた。
・・・その直後である。
カウンターの奥の暗闇の中から、水晶が吹き飛んだ原因を作り出した道具と、頭からローブを被った男が現れたのだ。
そう。
リボルバー式の拳銃を構えた男が・・・。
「定時の連絡が来ないと思ったら、こんなことになっていたわけだ」
彼はそう言うと、銃をリーブルに向けて、迷うこと無く引き金を引いた。
バン!
・・・周囲の者たちにはそんな音だけしか聞こえていなかったかも知れない。
だが実際には、音速よりも早くリーブルへと銃弾が発射され・・・・・・そして、ワルツの重力制御に捕らえられていたのである。
自身が放ったはずの銃弾が、リーブルへと吸い込まれなかったことを察した男は、
「おっと、いっけね。魔神がいたか・・・」
と言いながら、手で頭を叩いた後、何事もなかったかのように、カウンターの奥へと下がっていった。
・・・ワルツが重力制御をかけているにもかかわらず、である。
どうやら、男の周囲には、空間制御魔法が展開されているらしい。
そんな男の姿に、
「・・・追うわよ、みんな!」
と言って、ワルツはリサを連れたままカウンターを乗り越えようとするが・・・
ドゴォン!!
・・・どういうわけか、カウンターの方とは反対側にある店の入口から、そんな轟音が聞こえてきたかと思うと、ワルツはまるで糸に引っ張られたかのように立ち止まってしまった。
「・・・ごめん。コードが届かないから、私の代わりに追ってくれない?」
突然、泣きそうな表情を浮かべながら、そんなことを口にするワルツ。
「説明は後!急いで!」
「わ、分かりました!」
ワルツが急かすと、怪訝な表情を浮かべながらも、カウンターの奥へと走っていくユキ。
「ユキだけじゃ心許ないから、カタリナも追って!後は私が見ておくから!」
リーブルに対して治療を行っていたカタリナに対しても、ワルツは声を上げた。
「・・・分かりました。後はお願いします」
最低限の治療を終えた様子のカタリナはワルツを一瞥すると、そのままユキを追って、赤い尻尾を靡かせながらカウンターの奥へと消えていった。
「・・・ケーブル・・・。いや、ケーブルがあろうが無かろうが、狭い店内に機動装甲が入れなかった時点で、私が付いて行くことは無理なことだったのよね・・・」
そんな呟きをしてからワルツは、男とユキたちが消えていった暗闇へと、心配そうな視線を向けるのであった・・・。
リーブルの話し方を書いておって、水竜とどう差別化を図るかで悩んだのじゃ・・・。
そのうち、水竜のためのストーリーを書かねばならぬのう・・・。
というわけでじゃ。
頭痛が痛いのじゃ・・・。
My headache achesなのじゃ。
それもこれも、ルシア嬢に朝から晩まで作業に付き合わされたせいなのじゃ。
おかげで修正の方の仕事が進まんかったのじゃ・・・。
さて。
それはそうと、補足じゃ。
リサの周囲ではワルツが重力制御で作り上げた真空の壁が展開されているので、彼女が会話の内容を聞くことは出来ない・・・・・・的な事を書こうと思ったのじゃが、ワルツが忘れておった方が面白そうじゃったから、そのままで行くことにしたのじゃ。
・・・前話で書き忘れてて、追記するかどうかを悩んだわけではないぞ?・・・たぶん。
あとは、爆散する水晶の速度かのう。
計算上はもう少し遅くすべきなのじゃが、リーブルの手のひらに対して半端に破片が刺さった状態をその後の文で表現するのが大変じゃったので、いっその事、全部吹き飛ばすことにしたのじゃ。
そうすれば、カタリナの治療も止血だけで済むからのう。
今日はこんなところかのう。
・・・さてと。
かふぇおれを作るための牛乳買ってくるのじゃ。




