15.02-24 魔神24
「おっと、記憶を消す分の魔力を忘れておったのじゃ……。仕方ない。ワルツよ。グレン殿を……こう、ガッ、と頼むのじゃ」
「それ、死ぬやつじゃない?明らかに今の手つき、首を締めているモーションだったわよね?」
目を覚ましてボンヤリと空を見上げている国王グレンの前で、彼のことをどうするべきか、作戦(?)を練るテレサとワルツ。いつもの2人であれば、面倒事を嫌い、グレンの意識を刈り取るところだが——、
「あぁ……あの惨状は、我が引き起こしたものなのだな……」
——今のグレンは、とても落ち着いていて、まともに会話が出来そうな雰囲気があった。もしかすると、テレサの言霊魔法を受けた事に気付いていないのかも知れない。いや、言霊魔法の存在を知らないどころか、そもそも自分の身体が今どうなっているのか、認識していないのだろう。
「あんなにも……狂おしいほど求めていた薬が……今ではそれほど欲しいとは思えぬ……」
「(薬はまだ飲んでいないけれど……依存症?)」
「(薬中なのじゃ……)」
「妙に心も穏やかで……あぁ……そうか……。これが……人生の最期の瞬間なのだな……」
「「いや、違うと思う」のじゃ」
まるで何かを悟ったかのようなグレンの反応を前に、ワルツとテレサは思わずツッコミを入れる。グレンが何かを勘違いしているような気がしてならなかったらしい。
しかし、グレンとしては、今この瞬間が人生最期だと考えてしまうような、明確な理由があったようだ。
「あの惨状……貴族たちを皆殺しにしようとしていた我のことを止めたのは、其方たちなのだろう?あぁ……これで良いのだ。暴君はこの国にはいらぬ。我はこのまま消え去るべきなのだ……」
今、心の中が澄み渡るように清らかで、そして身体が重くて寒いのは、ワルツたちに殺されかかっているからではないか……。彼はそんな事を考えているらしい。……単に、身体が大きくなって重くなり、そのせいで服が破れて、寒さを感じているだけだが。
「ふ……ふえっくしょんっ!!」
「えーと、死にかかっていると思っているところ、申し訳ないのだけれど……体調は全然、大丈夫そうね」
「うむ。死に際にある人間は、くしゃみなどしないのじゃ。多分……くしゃみをした瞬間に、すべての体力を使い切って死ぬのじゃ」
「んん?」
そんな冷静な2人の分析を聞いて、グレンはようやく、自分の考えに間違いがあるのではないかと考え始める。あまりにも、自分の考えと、ワルツたちの発言の内容が乖離しているからだ。
いったい自分の身に何が起こったのか……。彼はそれを確認するために、重い身体を持ち上げ、そして自分の手足を見下ろした。
「んなっ?!何だこれは?!」
「ほら、やっぱり元気じゃない?」
「別に痛めつけたわけではないからのう?質量保存則を無視しておる点は解せぬが……」
「服がぼろ切れのようになっておるではないか?!」
「驚くところ、そこ?」
「グレン殿は混乱しておるのじゃろう。しばらく置いておく……と、何をするか分からぬゆえ、王城に送ってしまえば良いのではないか?」
「そうね……。なんか、これから段々と煩くなりそうだし、あっちの人たちに任せた方が良いのかしら?……いやでも、今のグレンは貴族たちに反感を持たれているから、王城に戻したら反撃されたりして」
と、ワルツが口にする間も、グレンは自分の身体の変化に気付いて、驚き続けていたようだ。大きくなった手足に感動したり、天を仰いで感動に打ちひしがれるような挙動をしていたり……。挙げ句——、
「そうか!ここに魔神様が——」
——などと言い始めたので——、
「やっぱり面倒臭いから、会議室辺りに送っちゃいましょうか」
「えっ?ちょっ」ブゥンッ
——言葉通り、グレンのことが面倒臭くなったワルツは、彼のことを王城の会議室に戻してしまった。方法はもちろん、転移魔法陣だ。
「やはり良いのう?その魔法陣」
「テレサだって、すごい言霊魔法が使えるじゃない。転移魔法陣じゃ、人の心を操作する魔法は再現できないもの」
「ふむ……すごい、か?そういうものかのう……」
様々な魔法を自由自在に操れることと、人の思考や記憶を操ること……。そのどちらが良いのかを考えたテレサは、何とも言いがたい複雑な表情を浮かべて、空を見上げたようだ。




