15.02-14 魔神14
「さぁ、どうする?グレン。こちらとしては、かなり譲歩していると思っているのだけれど?さっきも言ったとおり、色々と害されているわけだし……」
普段の人見知りの激しいワルツならあり得ないほど、今の彼女は積極的に問いかけていた。失うものも特に無く、最悪、力技でどうとでもなるのだ。最悪の事を考えて、ネガティブになる必要が感じられなかったらしい。
その積極的な態度は、グレンたちに対して、ある種のプレッシャーのようなものを感じさせていたようだ。ワルツ——魔神の提案を吞んだらどうなるのか。逆に頭から拒否すればどうなるのか。グランディエの保護に条件を付けたとして、その条件がワルツのお眼鏡に適わなかった場合、どうなるのか……。その場にいた貴族たちは、まるで普段のワルツのように、悪いIFを考えて、険しい表情を浮かべていた。
何より、彼らが心配していたのは、自分たちの国王であるグレンのことだった。今、ワルツが問いかけているのは、貴族たちの方ではなく、グレンの方。貴族たちの中には、グレンの病——何歳になっても幼く見える病のせいで、彼のことを軽視している者も少なからずいて、彼が下手な事を言わないかハラハラしていたのである。
ゆえに、今の貴族たちは、蚊帳の外。ワルツとグレンのやり取りをただ見ていることしか出来なかった。下手な事をすれば、謎の力で吹き飛ばされるのだ。現状、彼らに出来る事は、祈ることか、ただ見ていることか、あるいはグレンを信じることだけ。大半の貴族たちにとっては、魔王との共存など重要ではなく、グレンが下手な約束を"魔神"と交わさないかだけが心配だったようだ。
そして、グレンの口が開く。
「ふむ……。我は元々、この者……グランディエ殿に領地を与えたいと思っておったのだ」
その瞬間、ザワザワとした小さな声が、貴族たちの間で飛び交う。どうやらグレンは、貴族たちが考えていた中でも、相当都合の悪い発言を口にしたらしい。
そんな貴族たちなどお構いなしに、グレンはこう口にする。
「先代も、先々代も、その前の王たちも、皆、今の我と同じ病を患っておったと聞く。そしてグランディエ殿の先代、あるいはその前の代の薬師たちによって、助けられていたことも。これは、叙勲に値することであると我は考えておる。すでに対価は十分に払って貰っておる」
そしてグレンは、自分の椅子から立ち上がると、貴族たちに言った。
「余の決定に逆らう者は、この国の礎を築いてきた祖先たちに逆らうことと同義と考えよ。……これで良いか?魔神殿?」
「その呼び名だけは気に入らないわね」
ワルツはジト目をグレンに向けた。しかしグレンは、優しげな笑みを浮かべるだけ。その表情は、まるで、若者の仮面を被った老人のようで、何もかもを見通しているかのような目だった。
「……まぁ、いいわ。それで、今度はグランディエに聞きたいのだけれど……グレンが土地をくれるってさ?この前、言っていたみたいに、誰も来ない山奥で暮らすのが良い?それとも、人の町の近くで暮らすのが良い?」
いまならまだ希望を変えることも可能。しかし、ここで決めてしまえば、もう変えることはできない……。
そのことはグランディエも理解していたらしく、彼女はワルツの問いかけにこう答えた。
「……お言葉ですが、ワルツ様。そのどちらでもない選択でも良いでしょうか?」
「んん?どちらでもない選択……?」
ワルツにとっては、寝耳に水だった。グランディエから聞いていたのは、どこか人の来ない場所で静かに生活したいという話。それ以外の彼女の希望を、ワルツは聞いていなかったのだ。
結果、もう少しで決まり掛かっていた話が、ちゃぶ台返しのごとくひっくり返りそうになり、ワルツは内心で慌てたわけだが……。彼女にトドメを刺すかのように、グランディエは追い打ちを掛けた。
「グレン様。私は土地などいりません。お金もいりません。この国、ラルバ王国に求めることは特にございません」
「(ちょっ、グランディエ?!何を言って……)」
「私が求めるのは、ワルツ様との旅です!」
「……は?」
グランディエの発言に、ワルツの頭の中は真っ白になった。グレンももしかすると同じような状況かも知れない。彼もまた、目をパチパチと瞬かせていたからだ。
「これからも一緒に、ワルツ様と旅をしたい……。そして知らない世界をもっと見てみたい。それが私の願いです」
「それ、ここに来た意味、無くない?」
「あはは……すみません。もっと早く言っていれば良かったですね……」
グランディエはそう言って、苦笑を浮かべた。
貴族たちもどういうわけか、ホッとした表情を浮かべていて、グランディエの発言に文句を口にする者はいなかった。グランディエが国から出て行くというのであれば、彼らとしては願ったり叶ったりなのだろう。
問題はグレンだ。彼の病はグランディエの薬でしか治すことが出来ないので、彼女が国から出て行けば、彼の病は実質治す事が出来なくなるのである。
ゆえに、グレンはこう言おうとした。……せめて、旅に出る前に、薬を処方してから出て行って欲しい、と。
しかし、彼はその言葉を口に出来なかった。グランディエが、まるでグレンの考えを見通したかのように、彼の方を向いて、静かに首を横に振っていたからだ。
それ即ち、グランディエは、グレンのために薬を作らないということ。それを悟ったグレンは、椅子に腰を落としてしまった。




