15.02-07 魔神7
「何だ?今のは……」
高位の冒険者で、"焦土の魔術師"と呼ばれていた男であっても、目の前で起こった出来事を簡単に受け入れることはできなかった。目の前で起こった出来事を説明する言葉があるとすれば、それは一言、"異常"という言葉だけ。少女が空に浮かんでいたことからして異常だというのに、空から赤熱を通り越した金属の塊が降ってくる事も異常。遠くの山が蒸発するように消し飛んだことも異常……。正常、あるいは常識の範疇と言えることは、何一つ無かった。
「アレが魔王の眷属……魔族というやつか……?」
城に潜んでいるのは、町の人々の間では、魔王だと言われていた。その仲間は、伝承上、"魔族"となるが——、
「(あんな魔力の持ち主が魔王の眷属とか、何の冗談だ?あんなのが眷属なら……魔王はどれほど強いというのだ?)」
——少女の魔力は男とは比較にならないほどの強さだった。まさしく異常、非常識、バケモノ。高位の冒険者である男が考えても、勝てるイメージが思い付かなかった。
男が考え込んでいると、キーンッ、という金属同士がぶつかったような音が聞こえてくる。近くの冒険者が、新たな壁に対して攻撃したらしい。
「くっ!何だこの金属。手が痺れくらい硬ぇ……」
その冒険者は、ピッケルのような武器を使って、少女が残していった金属の壁に穴を開けようとしていたようである。しかし、壁には傷一つ入らず……。彼は腕を痛めていたようだ。
そんな彼に続いて、ほかの冒険者たちも、思い思いの武器で攻撃を繰り出す。
「なんという硬さだ……」カンッ
「傷も入らないなんて……」キンッ
「熱すれば……いや、どうやってこんな大きさの金属を熱するんだ?」ゴンッ
町の人々や冒険者たちの間でそんな会話が広がった後。皆の視線が、ほぼ一斉と言えるようなタイミングで、男の方を向く。
「(俺に魔法で攻撃しろと?!)」
誰かが男に対して魔法攻撃をするよう言葉に出したわけではない。それでも男は察した。……皆の視線が、自分に対し、魔法攻撃をするよう求めている、と。
もはや逃げられるような状況ではなかった。今ここで逃げれば、面子は丸つぶれだからだ。
だからといって、魔法を使ってまったく傷が付かなければ、大恥を掻くのは必至。進んでも、引いても、彼の名声が地に落ちるのは明白だった。
「(……ダメ元で、攻撃するしか無いよなぁ……)」
彼に逃げるという選択肢は無い。残された選択肢は、魔法を使って壁を攻撃することだけ。男は、火魔法にありったけの魔力をつぎ込んで、壁を破壊することに決める。傷を付けられる可能性も、まだゼロではないからだ。
覚悟を決めた男の手の上に、白い火球が現れる。強力で高密度な熱の塊だ。
その火球に向かって、男は更に魔力を注ぎ込んだ。最初は野球のボールサイズだったものが、サッカーボールサイズになり……。そして、男の身長よりも大きな火球へと成長していく。
「はぁ、はぁ……(もう、これ以上は、意識が保てん……!)」
男はありったけの魔力を火球に注ぎ込んだ。魔法を放てば、急性魔力欠乏症で数日寝込むのは確実なほどの魔力量だ。
しかし、男にはプライドがあった。たとえ、寝込んだとしても、全力で壁を攻撃しなければならないのだ。
「う、穿て!【フレア】ッ!!」
魔力という魔力、全身全霊の気合い、そしてプライドを詰め込んだ火球を、男は壁へと向かって放った。凄まじい熱量だ。地面の草が、見る見るうちに灰に変わるほどだ。先ほど彼が放った火球など比較にならないほど超強力な火球が、直線を描きながら、壁に向かって飛翔する。
と、そんな時。
ズドォォォォン!!
何やら空から降ってきた。場所は、男が放った火球と、壁との中間辺り。
「くっ!あの高さから落ちたというのに、痛くも痒くもないなど、妾はもうダm——えっ?」
空から——いや壁の上から落ちてきたのは、銀色の髪と獣耳、そして3つの尻尾を持った獣人の少女だった。そんな彼女が地面にクレーターを穿ちながら着地をして、そして顔を上げると、そこには火球が……。
ドゴォォォォン!!
少女の顔面で大爆発が起こる。その瞬間を見ていた町の人々も、冒険者たちも、そして魔法を放った男も唖然として固まる。皆、少女が爆死したと思ったのだ。
男が放った火球は、常軌を逸していると言えるほどの威力を持っていた。大岩すら爆破して砕いてしまうほどの威力だ。それを、生身(?)の人間(?)が顔面で受ければどうなるのか……。誰がどう考えても同じ結果しか想像出来ず、その場からは、まるで時間が止まったかのように、喧噪がピタリと消え去ってしまった。
そんな静寂を破ったのは——、
「……一回、燃え死んだからといって、火耐性を上げすぎじゃろ……」
——火魔法で吹き飛ばされた本人であるはずの少女の発言だった。爆煙が消えて、露わになった彼女の顔には、一切、怪我も火傷も無く、ただ煤が付いて黒くなっているだけ。髪にも燃えた痕跡は無い。身につけていた和服も元のままで、やはりただ煤が付いているだけのようだった。
「テレサちゃん、足を滑らせて落ちていったけど、大丈夫?落ちていったときに、壁の角に頭をぶつけていたように見えたけど……」
「大丈夫ではない……と言いたいところなのじゃが、なぜか大丈夫なのじゃ……もう人としてダメかも知れぬ……」
「ふーん。さすが、私が作った壁に、凹みを残すくらい頑丈なだけのことはあるね」
空から金色の髪を持つ少女が降りてきて、銀色の髪の少女と非常識なやり取りをした後。2人は浮かび上がって、空へと戻って行った。より具体的には壁の向こう側。城の中へと。
そんな2人をただ静かに見送った町の人々が我に返るまでには、相当の時間が掛かったようである。そんな彼らは、総じてこう思ったようだ。
……間違っても、"城壁"やその中にいる者たちのことを攻撃しないようにしよう、と。
こうして、男のプライドは、図らずして守られた訳だが……。
「……俺、冒険者を引退しよう」
そんな彼の呟きが、町の人々の耳に入ることは無かったようだ。




