15.02-06 魔神6
ワルツが建てた"城"は、つなぎ目のない一枚岩の壁で、周囲をグルリと取り囲まれていた。大きな破城槌を使ったとしても、破壊することは困難で、ひたすら叩いても、貫通に何ヶ月かかるか分からない——そんな壁だった。
一目見るだけで、頑丈な壁である事は明らかだったためか、殆どの人々は"城"の壁を壊そうとはしなかったようである。もちろん、壁を壊そうとしていた者たちは皆無というわけではなく、魔法をぶつけたり、ハンマーをぶつけたりして、壁の硬さを確かめていた者たちも少なからずいた。
しかし、壁の硬さを知ってからは、道具だけでなく、心も折れてしまったのか……。今では、壁を壊そうとする者たちは誰もいなくなっていた。
そんな中、新たなチャレンジャーが現れる。彼は王都に帰ってきたばかりらしく、ワルツの"城"の存在を初めて知ったらしい。
「ふんっ!こんな壁なんぞ、我が魔法で破壊してくれるわ!」
ゴテゴテとした装備を身につけた冒険者、と思しき人物が、壁に向かって魔法を放とうと詠唱を始める。誰も止めようとしないところを見るに、この国では、町中で魔法を使っても違法というわけではないようだ。
彼の手の先に現れた魔法は、大きな火球だった。メラメラと燃えながら、チリチリと周囲に熱気を振りまく彼の魔法は、一般人の魔法よりも遙かに強い。少なくとも、これまで"城壁"を壊そうとしてきた者たちの中で、最も強い魔法だと言えた。恐らくは、高位の冒険者なのだろう。
そんな彼の魔法は、直後に小さくなって、手のひらに収まるくらいの大きさになる。それに伴い、火球の輝きも一気に増して、超高密度、超高温の火球へと変化する。
その様子を見ていたオーディエンスたちが騒ぎ始めた。
「あ、あれが、"焦土の魔術師"の魔法……」
「フレアって名前の魔法らしいぞ?」
「あんなの食らえば、ドラゴンでもただじゃ済まなそうだ……」
やはり、名のある冒険者なのだろう。火魔法の準備を進める男は、周囲から聞こえてくる自分の噂話にニヤリと笑みを浮かべた後。宙に浮かべていた火球を、"城壁"の方に向かって——、
「すべてを焼き尽くせ!【フレア】!」
——勢いよく放った。
宙にあった火球は、男の腕の動きに合わせて動き、目にも留まらぬ早さで——、
ズドォォォォン!!
——と"城壁"に衝突する。
その瞬間、歓声が上がる。土煙に隠れて見えにくかったが、男が放った火球は、間違いなく"城壁"の表面を削ったからだ。
それは快挙と言える事だった。町の腕利き冒険者たちが、束になって攻撃しても、"城壁"には傷と言えるような傷を付けられなかったのだ。だが、男はやってのけた。深さは10cmにも満たないが、傷を付けられたことは紛れもない事実。皆、お祭り騒ぎのように喜んだ。
男も、してやったり、と言わんばかりの表情を見せる。しかし、その内心では、こんなことを考えていた。
「(硬ぇ……。フルパワーの魔法をあと何回ぶつけりゃ、穴が開くんだ?)」
このままでは、町の人々や他の冒険者たちから、"城壁"に完全に穴が開くまで、魔法を使うよう要求されかねない……。男はそんな事を考えたらしく、内心では王都に帰ってきたことを後悔していたようだ。
そんな時のこと。
「……ふーん。やっぱり、強化はされてない、ただの岩だね。お姉ちゃんの手抜き……じゃなくて、最低限の壁を作ったのかなぁ?」
空からそんな声が聞こえてくる。結果、人々の視線は空に向くことになった。
そこには、宙に浮いている少女の姿があった。キツネ色の髪と尻尾、そして獣耳を持つ少女だ。しかも逆さの状態。しかし、彼女の髪や服の裾が重力に引かれることは無い。まるで、彼女の周りだけ、逆に重力が働いているかのようだった。
少女は、コンコン、と城壁を叩きながら、上を見上げた。そこには、無数の人々、そして"城壁"を穿った男がいて、視線が交差する。
しかし、少女は興味無さげに視線を元の場所——"城壁"の方へと向け直す。
「念のために、壁の強度を上げておこうかなぁ」
少女がそう口にした瞬間、空が眩く輝いた。
そこにあったのは、リング状の巨大な何か。太陽のように眩しく輝く謎の物体だった。"城壁"とほぼ同じサイズのそれは、重力にひかれて、加速しながら落下すると——、
ズドォォォォン!!
——という轟音を立てながら、"城壁"の側面をすっぽりと覆い尽くした。例えるなら、まるで"城壁"を守る光の鎧のように。
"城壁"の側面を覆い尽くした謎の物体は、ジュゥ、という音を立てながら、徐々に冷えていく。そして、1分ほどが経つと、金属光沢を見せ始めた。
それは、超高純度のニッケル、クロム、モリブデン、鉄、そしてオリハルコンからなる魔導合金。見る者が見れば、垂涎の材料で出来た新たな"城壁"だった。所謂、ルシア製の超合金である。
「それじゃぁ、頑張ってね?壁は壊しても良いけど、身体は壊さないようにね?ああ、あと、【フレア】っていうのは、こういう魔法のことだよ?」
少女はそう言うと、手の先から小さな光源を生み出した。これまた太陽のように眩い光源だ。
それが、次の瞬間には、ズドンッ、というソニックブームを生じさせながら、遠くに見える山の方へと消えた。そして——、
フッ………
——山の頂上を、丸く消し飛ばしてしまったのである。音は無い。ただ、フッと煙が掻き消えるように、山が消えただけだ。
その様子を、町の人々も、そして男も見ていた。彼らは、ただ静かに見ているだけ。それほどまでに、目のまで起こった現象は、不可解なことだらけで、理解という理解が何一つ追いついていなかったのである。
彼らが我を取り戻したのは、それからたっぷり15分ほど経ってからのこと。最初に動いたのは、やはり、高位の冒険者で、"焦土の魔術師"と呼ばれた男だった。




