15.02-02 魔神2
「……これ、ア嬢?」
「あっ」
「聞かないって言ってたことを聞いたかもだし……」
ワルツがミッドエデンを跳びだした理由は何か……。ルシアたちは、敢えてその理由を聞かないつもりだった。しかし、気を抜いている内に、ルシアの口からポロリと零れてしまったらしい。言った本人であるルシアも後悔している様子で、獣耳をぺたりと倒してしまう。
そんな妹たちの様子に苦笑しながらも、ワルツは整理した理由を返答する。
「私がミッドエデンのことを信じ切れなかったから……。向こうは信じてくれているのに、私の心は信じられなかったのよ。馬鹿よね……。自分で作った妹や弟たちを信じられないとか」
そう言ってワルツは茶を啜った。もちろん、グランディエが淹れてくれた茶だ。
この時、グランディエは、ワルツたちの会話を聞いて、目を丸くしながら固まっていたようだ。ただし、ミッドエデンという国について驚いていたわけではない。ワルツたちは、ミッドエデンが何なのかを口にしていないからだ。会話の内容から、"国"と判断出来るかどうか、といったところだろうか。
ゆえに、グランディエが驚いていたのは、ルシアたちが持つ途方もない魔力や、彼女たちの荒唐無稽としか思えない会話内容、そして、ワルツが弟妹たちを作ったという意味不明な発言に対してだった。会話を聞くだけでは、ワルツたちは適当な内容の会話をしているのではないかと思えてしまうほど。しかし、ルシアたちの——特にルシアの魔力を感じ取る限り、彼女たちであれば、力技で何でも解決出来てしまいそうな、そんな雰囲気を感じられていたのだ。
つまり、ワルツたちの会話は、嘘偽りの無い本当の会話。グランディエとしては、なにか別次元の話でも聞いているかのような気分だった。
「あの……」
真偽を問いかけようとしてグランディエが口を開くと、皆が一声に彼女の方を見る。
「そういえばこの子、誰?」
「……いや待つのじゃ、ア嬢。この御仁、イブのように落ち着いておる。おそらく、見た目通りの年齢ではないのじゃ」
「ちょっと!イブのようにって、どういうことかもだし?!」
3人とも、薄々、グランディエの正体について、見た目通りの年齢ではない事に気付いていたようだ。彼女が落ち着いていたことだけでなく、目が光っていることなどから推測したらしい。
3人の疑問にワルツが返答する。ただし、年齢以外を。
「彼女はグランディエ。森の中で静かにお薬屋さんを営んでいたのだけれど、私が荒らしちゃってね……。今、転居先をお探し中よ?年齢については……私もよく知らない」
「ふーん。お薬屋さんかぁ……」
「そんな気配がしたのじゃ。カタリナ殿に似た雰囲気というか……」
「えっと、自己紹介をするべきかもだよね」
"城"に帰ってくる前も、帰ってきてからも、ルシアたちとグランディエは未だお互いに自己紹介をしていなかった。それに気付いたイブが自己紹介を始める。
「グランディエ様。お初にお目にかかります。イブです!」
「ちょっと、イブ?名乗るだけじゃ、自己紹介にならないわよ?」
「えっと……今は家出中かもですけど、前はお城でメイド長をしていました!」
「家出中のメイド長って何なのよ……いや、間違ってはいないのだけれど……」
事実に対してどうツッコミを入れるべきか……。むしろ、突っ込んではいけないのだろうか……。ワルツが悩んでいると、次にテレサが自己紹介をする。
「妾はテレサ。……そう!空を追い求める狐——」
「貴女は、普通に、ある国の元第四王女って言いなさいよ……」
「それでは面白くないじゃろ?イブに見劣りするのじゃ」
「いや、8歳児と張り合わなくて良いから」
「イブ、9歳になったかもだし!」
「妾はまだ0歳なのじゃがのう……」
イブとテレサのやり取りを聞いていたグランディエは、きっとこう考えていたに違いない。……この2人は、何を言っているのだ、と。
そして最後。ルシアが自己紹介をする。
「最後は私だね。私はルシア」
ルシアの自己紹介は、イブと違って、そこで終わるべきだった。その先の一言は、伝承の通りなら、グランディエの前では言ってはならない発言だからだ。
「ミッドエデンで勇者候補?をしています。あれ?勇者見習いだったかなぁ……」
グランディエは"魔王"という種族の薬屋。対してルシアは、世界を軽々と滅ぼせるほどの魔力を持った勇者候補(?)。これがおとぎ話の設定だとすれば、グランディエがルシアに勝てる見込みは微塵も無く……。彼女はルシアが息を吹きかけるだけで、文字通り消滅してしまうことだろう。
「ゆ、勇者?!」ガタッ
「うん?」
急に取り乱し始めたグランディエを見て、ルシアは不思議そうに首を傾げた。そう、ルシアは、グランディエが"魔王"という種族である事を知らなかったのだ。
結果、グランディエは取り乱してしまう。彼女は"勇者"という存在と対立するとされる種族なのだから。




