15.01-41 ふたり27
頭を下げるグレンを前に、ワルツはスゥッと隣を見る。グランディエが許せば、自分も許すというスタンスらしい。
一方、グランディエも、ワルツの方を振り向いた。彼女の場合は、どう答えて良いか返答に困っているといった様子だ。彼女自身は、人々に何か害されたわけではなく、住処が大勢の人々に見つかってしまったので転居するだけなのだ。謝罪を受けるようなことは無かったのである。
ゆえに、ワルツは悩む。グランディエに判断して貰おうと思っていたら、そのグランディエからの回答は、YesでもNoでもなく、それ以外。
「(何を困る事があるのかしら?)」
「(私……謝罪されるようなことをされた覚えはないのですが……)」
結果、東屋の中を沈黙が包み込む。謝罪のために頭を下げ続けていたグレンにとっては、嫌な沈黙だったに違いない。
「「「(誰か何か言わないかなぁ……)」」」
皆、同じ事を考えて、内心で頭を抱えた。
そんな中、ワルツは、東屋へと近付いてくる者たちの気配を察する。どうやら侍女たちがやってきたらしい。料理でも持ってきたのだろう。
そう予想を立てたワルツは、グレンに明確な返答をせず、こう言った。
「……まぁ、謝罪したいことがあることは分かったけれど、その前に食事にしましょう?せっかく昼食を準備してくれたようだし、覚めたら美味しくないと思うのよ」
「う、うむ。そうであるな……」
ワルツの言葉を聞いて、グレンは頭を上げると、手元にあったベルをチリンと鳴らした。
すると、東屋から見て陰になっていた場所から、侍女たちが大きなバスケットを持って現れる。ワルツの予想通り、バスケットの中に昼食が入っているらしい。
そんな侍女たちの表情に焦りがあったのは、到着してからベルが鳴るまで、待ち時間が無かったためか。ほんの少しでも到着が遅れていたなら、彼女らは配膳が出来ず、グレンに赤っ恥を掻かせることになっていたはずなのだから。
しかし、その焦りもすぐに消える。彼女たちは微笑を顔に張り付けて東屋の円卓までやって来ると、持ってきたバスケットの中身を円卓の上に並べた。
食事は旬の野菜や軟らかそうな肉を使った料理、ポタージュのようなスープなど、質素ながらも贅を尽くして作られたと思しきメニューばかりだった。グランディエは、その料理の殆どが初めてみるものだったためか、目を輝かせて、ゴクリと喉を鳴らす。
グレンとしても、自慢の料理だったらしい。彼は、目を輝かせるグランディエを見て、柔和な笑みを見せる。彼にとって、グランディエは、先祖代々の命の恩人、あるいはその家系に連なる存在なのである。そんな彼女が喜んでくれるのであれば、願ったり叶ったり。自然と笑みが零れるのも仕方ないと言えるだろう。
しかし……。しかしである。この場面で、空気を壊すような発言をする人物がいた。言わずもがな、ワルツだ。
「ふーん?毒入りとは中々チャレンジングね」
「「「「んなっ?!」」」」
東屋にいた全員の表情が変わる。押し並べて驚愕の表情だ。まさか毒が入っているとは思っていない、あるいは入っていないと確信していたといった様子である。
「って言っても、食べたら死ぬわけじゃなくて、眠る程度のものだけれどね」
ワルツはそう言うと、何事も無かったかのように食事に手を付け始めた。
「んー、美味しい!グランディエも気付け薬を飲んでから食べると良いわ?」
「えっ……えっと……」
毒だというのに、なぜ平然と食べているのか……。グランディエが戸惑っていると、険しい表情をしたグレンが、侍女に問いかける。
「毒味はしてあるのだな?」
対する侍女は即答する。
「も、もちろんでございます!」
「……では、ワルツ殿が嘘を吐いていると?」
グレンは険しい表情で侍女を見た。
対する侍女としては、ワルツがパクパクと食べている様子を見て、毒など入っている訳がない、と考えるが……。それを予想していたのか、ワルツは、グレンの前にあったスープを指差して、侍女にこう告げる。
「じゃぁ、貴女。試しにそれを飲んでみなさい?あぁ、座った状態でね?行儀が悪いとかじゃなくて、一気に眠くなるはずだから」
侍女はグレンに視線で指示を仰いだ。するとグレンはコクリと頷く。
「……かしこまりました。失礼いたします」
侍女はそう言うと、グレンのスープをスプーンですくい取り、そして口の中へと流し込んで、ゴクリと飲み込んだ。
「……どうだ?」
「……いまのところ、だいじょう——」
途中でメイドの言葉が止まる。そして次の瞬間——、
バタリ
——彼女はグッスリと眠ってしまった。
「「「「んなっ?!」」」」
「ちょっと、毒が強すぎなんじゃない?私たちが眠ったところで捕まえるなら、十分に食事を摂った後で効いてくるような、遅効性の毒が良いと思うのだけれど……」もぐもぐ
機械の身体であり、そもそも眠らないワルツには、睡眠薬の類いは効かないのである。ゆえにワルツは、食事に毒が盛られていても、美味しそうに舌鼓を打ち続けられたのだ。
「これは、気付け薬を使ってもダメかも知れないわね……」
「えっ」
ワルツはグランディエに忠告する。どうやら、食欲に勝てなかったグランディエは、気付け薬を使って、無理矢理に睡眠薬入りの昼食を食べようとしていたらしい。彼女は案外、強かなのかも知れない。




