6後-12 情報収集3
「それで・・・落し物の調査の方はどうなったの?」
「そうでしゅね。確認してみましょう」
そう言うとユキFは、パンパンと手を叩いた。
すると、
ガタン・・・
「・・・お呼びになられm」
バタン・・・
・・・一瞬だけ床の石畳が開いて、誰かが何かを喋ったかと思うと、すぐに閉じてしまった。
『・・・』
「・・・で、どうなったの?」
「リサっ!」
ガタン!
「は、はひぃっ!」
ユキFが、リサという名前を大声で呼ぶと、勢い良く石畳を跳ね除けて、ユリアよりも二回りほど小さいサキュバスが現れた。
・・・彼女がリサ。
ユリアの後輩のようだ。
「・・・報告を」
リサの前で凄む、小さなユキF。
そんな彼女に・・・
「・・・か、可愛い・・・」
リサは目を細めて、そんなことを口にした。
『・・・あ』
そんな間の抜けた声と共に、指に嵌めた変身用の魔道具を確認するユキたち。
そして彼女たちは頭を抱えた。
・・・どうやら、先のユキAとの戦闘で、魔力が底を突いてしまい、変身できなくなってしまっていたようなのだ。
(・・・どうすんの?部下たちにも秘密にしてきたんじゃないの?)
自分の事を大きな人形か何かのように見つめてくるリサの前で、赤くなったり、青くなったり、涙を浮かべたりしているユキFに対して、ジト目を向けるワルツ。
すると、そんなユキFに、手を差し伸べる者が現れた。
・・・リサの先輩、ユリアである。
彼女は変身魔法をユキたちに掛けて、普段変身しているだろう姿に変えると、リサに対して優しげに言った。
「リサ、よく見るのです。あなたは主人の姿を忘れてしまったのですか?もしもそうなら・・・諜報部隊員としてあるまじき粗相ですよ?」
と、普段とは異なる口調で話すユリア。
そして彼女の横ではシルビアが、リサから見えない角度で、ニヤリと頬を釣り上げた。
どうやら、3人とも顔見知りのようである。
そんなユリアの魔法と言葉の前に、リサは、
「?!!?!」
突如として目の前の少女が、いつも通りに威厳のあるユキF(魔王シリウス)に。
そしてその周囲にいた少女たちも、それぞれ見慣れた官僚たちへと変わったために、事態が飲み込めず混乱していた。
それから直前のユキFと同じように、顔色が目紛しく変わって・・・終いには、表情が崩壊する寸前にまで追い込まれてしまったようである。
恐らく、皇帝や官僚たちが逆に変身して、小さな子どもたちの姿になっていた、と思ったのだろう。
・・・むしろ、それ以外に考えることを許されなかった、と言うべきだろうか。
「も、申し訳ございません!!」
そう言いって、土下座しながら、全速力で後退していくサキュバスの少女リサ。
「・・・それで、報告は?」
ユキFは、助け舟を出したユリアにウィンクを飛ばしながら、リサに対して問いかけた。
その際、彼女たちに見えない角度でガッツポーズを取るユリア。
「はい・・・。こちらの紙にまとめてございます・・・」
リサはそう言って、ユキFから随分離れた場所で頭を下げたまま、持っていた紙を両手で掲げた。
・・・恐らく、彼女は今、皇帝から後退して離れてしまったことを、後悔していることだろう。
そんなリサに、今度はワルツは助け舟を出すことにした。
カサッ・・・
特に何か前触れがあったわけでもなく、突然宙に浮いた紙。
それが真っ直ぐにユキFの元へ飛ぶと、彼女の手のひらの上に、ぽとり、と落ちたのである。
『えっ・・・』
何が起ったのか分からない様子のユキたちとリサ。
・・・そう、ユキAを除いて、彼女たちは、ワルツが重力を操れることを未だ知らなかったのである。
そしてワルツは、すかさず口を開き、
「ふーん。流石は魔王さま。何でもありなのねー」
と、半分棒読み気味にそう口にした。
「・・・確かに受け取りました。リサ、もう下がりなさい」
「ハッ!」
リサは、ビシッ、と立ち上がって深く礼をすると、先程出てきた穴に向かって後ろ歩きの状態で入り込み、
パタン・・・
・・・石畳を閉じて戻っていった。
その際、
(あれ・・・助け舟を出したつもりだったんだけど、睨まれるようなことなんてあったかしら・・・)
石畳を閉じる既のところで、彼女がさり気なく鋭い視線をワルツに向けたのだが・・・果たしてどういう意味を持っていたのだろうか・・・。
まぁ、それはともかくとして・・・
「どう?後輩ちゃん?これが先輩ってやつよ?」
「流石先輩・・・役者ですね」
「変身魔法が使えても、気配りがちゃんと出来ないと潜入任務とかうまくいかないし・・・それに、主人の窮地を救えないと『影』なんて言えないしね」
「勉強になります!」
と、すっかり仲直りした様子のユリアとシルビア。
なお、ユリアが『影』として働いた実績は、今のところ無い。
ただ、ユキFの方に、それを気にした様子はなく、
「ユリア。助かりました」
ユキたちを代表して礼を言った。
「いえいえ。それもこれもワルツ様に鍛えられたお陰です。礼をするならワルツ様にお願い致します」チラッ
と、現主人に向かって何か期待する視線を向けるユリア。
今の彼女の心境を例えるなら、わらしべ長者の気分、といったところだろうか。
・・・だが残念なことに、
「・・・で、どうなの?なんて書いてあるわけ?」
「・・・はぁ・・・」
主人は、一切気にした様子を見せなかった・・・。
「あ、はい。少々お待ち下さい」
ユキFは、何故か真っ白になって燃え尽きたような姿に変わったユリアに怪訝な表情を浮かべながらも、紙の裏と表に透明な糸が付いていないことを手探りで確認してから、文に眼を通し始めた。
すぐに内容を口にしないところを見ると・・・書かれている文章は暗号化されているらしい。
ユキFが文の解読を始めると、今度は、リサが来てからずっと口を閉ざしていたユキAが徐ろに口を開いた。
「あの・・・ワルツ様、それにカタリナ様・・・」
「ん?何?」
「何かございましたか?」
「もしかしてなんですけど・・・」
持っていた疑問を口にするかしないかを悩んだ末、ユキは決心したように口を開いた。
「姉妹たちは、変身したのですか?」
『・・・え?』
そんなユキAの言葉に、様々な表情を浮かべる一同。
どうやらユキAは、身体を交換してから、変身魔法が見えなくなっていたようだ。
「・・・ごめん。医療ミスっていうわけではなんだけど、今使っている眼か人工神経の構造上、そうなっちゃうみたいなのよ・・・」
未だ、科学的にメカニズムが解明されていない魔法という存在。
それは、彼女の元の眼の代わりになっている『カメラシステム』についても、例外ではなかった。
「・・・急いで治したから、生体の眼じゃなくて、私やテンポ達と同じようなカメラ・・・簡単にいえば機械が入っているのよ。だから、変身魔法や幻覚魔法で起こる視覚系の誤魔化しは全く効かなくなっちゃうのよね・・・。ま、今度、カタリナに時間がある時に、ちゃんとした眼を作ってもらって、移植し直してもらってちょうだい?」
「えっ・・・いや、このままでいいです」
ワルツの言葉を聞いて、急に両目を押さえるユキA。
移植の際の激痛と強い光を思い出したらしい。
「ならいいけど・・・。支障が出るようなら、遠慮しないで言ってね?」
「そうですよ、シリウス様。仰っていただければ、いつでも直しますよ?」
「い、いえ、良いです。大丈夫です!結構です!」
歯医者に行くのを怖がる子どものように、ユキAは全力で断った。
そんなやり取りをしていると、ユキFの方の解読が終わったようだ。
「ワルツ様・・・あまり良い調査結果では無いでしゅが・・・説明しても?」
「えぇ、お願い」
「分かりました」
するとユキFは眼を瞑りながら、記憶した言葉を思い出すかのようにして話し始めた。
「・・・まず、『剣』の方でしゅ。残しゃれていたのは刃の部分だけでしたが、ここから分かったのは、内側を貫通するようにして何かを通すような穴と、歯の表面に無数の筋状の溝がある・・・それだけでした。その他、特殊な魔法が掛かっていたり、エンチャントの類が掛けられていた痕跡は見つけられないとの報告でしゅ」
そこまで一気に言ってから、ユキFは付け加える。
「ただ、内部の穴には何か液体のようなものが流れた形跡があって、微かに付着物が残っていた模様でしゅ。ですが、量が少ないため、直ぐには分析できず、少々時間を頂きたい・・・とのことでしゅ。いかがなされましゅか?」
「・・・随分、手の込んだ剣のようね。・・・まぁ、こっちじゃ迷宮の生態について全然分からないから、その謎の液体のことも含めて、そのまま調査を継続してもらっても構わないかしら?」
「はい。もちろんでございましゅ」
そしてユキFは再び眼を瞑ると、次の話について話し始めた。
何かを思い出しながら話す時に目を瞑ってしまうのは、彼女の癖のようだ。
「次に『種』の件でしゅ」
『種』。
見た目が、植物の種子に近いために『種』と呼ばれているだけで、本当に種なのかどうかも不明な代物である。
ワルツがユキAの首を切断した際、彼女の体内から見つけたもので、ユキたちに解析を依頼していたのだ。
・・・そう、カペラが埋め込んだ、謎の異物である。
「・・・何も分かりませんでした」
『えっ?』
・・・最早、記憶する言葉ですら無いほど短い一言に、唖然とする一同。
「・・・分からない?」
「はい。表面の材質も、内部の構造も、魔法が掛かっているかしゅらも全く分かりませんでした・・・。申し訳ございません・・・」
そう言って頭を下げるユキF。
「・・・そう。気にしなくてもいいわ」
「『種』は後ほどお返しいたしましゅ・・・」
ユキFは、そう残念そうに呟いてから、誰かに内容を読まれることを恐れたのか、手のひらに乗せていた紙に火魔法を掛けると、一瞬で燃やしてしまった。
雪女だが、火魔法が使えないわけではないようである。
「・・・変身は出来ないのに、火魔法が使えるくらいの魔力は残ってるのね・・・」
「はい。紙一枚を燃やすくらいなら造作も無いでしゅから」
「そう・・・まぁ、ムリしないことね」
そしてワルツは、あまり良い情報が得られなかったためか、がっくりと肩を落とすと、180度振り返って、玉座の間の入り口の方へと身体を向けた。
「・・・それじゃぁ、協力者の所に行きましょうか。ユキ」
「は、はい!」
するとワルツの後ろにすぐさま追従するユキA。
そしてその後ろから付いて来る、他の仲間達。
・・・そんな折、ワルツは、ふとユキFに声を掛けられた。
「・・・ところでワルツ様」
先ほどとは少し異なる口調・・・例えるなら、逃げ出そうとしている者を呼び止めるような声色である。
そう、まるで、何か悪いことをしたワルツの足を止めるかのように・・・。
「もう一つご報告がありましゅ・・・。何やらつい先程、第5王城が崩落したらしいのでしゅが・・・何か知っておられましゅか?」
報告の内容を思い出すようにして眼を閉じながら、ユキFはそんなことを口にした。
・・・だが、そんな隙をワルツが見逃すわけもなく・・・。
「・・・逃げましたね・・・」
『え?』
・・・ワルツは、仲間たちをそこに置いたまま、ホログラムを消して、部屋の外へと逃亡を図ったのであった・・・。
気づくと妾は真っ暗で温かな水中にいたのじゃ。
それも、服を着たままで。
・・・もしも、風呂の蓋が開かなかったら・・・妾、水死しておったのじゃなかろうか・・・。
まぁ、もう慣れたから別に良いがの。
さてとじゃ。
補足なのじゃ。
ワルツが重力制御を使ったタイミングについてじゃが・・・確か、意識のあるユキたちの前では一度も使っておらぬはずじゃ。
直接使ったのは、ユキたちが気絶しているデフテリービクセンの内部だけで、それ以外では、移動する際と、スカービクセンを退治する際に使ったくらいで・・・他には無かったはずなのじゃ。
・・・間違ってたら、ごめんなさいなのじゃ。
それと、玉座の間の床に設置されたカラクリじゃが、アレは魔王シリウス配下の諜報部隊員が、徹夜で作ったとか作ってないとか・・・。
ちなみに、ミッドエデンの王城にも似たようなカラクリがあるのじゃ。
・・・まぁ、その話は追々じゃな。
あとは・・・リサ、かのう。
まぁ、リサについては・・・次回なのじゃ。
それと最後に・・・
・・・もう暫く、ユキAとかFとか書きたくないのじゃ・・・面倒なのじゃ。
何か名前をつけようかのう・・・・・・今更じゃな・・・。




