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15.01-20 ふたり6

 ドロドロに溶けた土は、水銀のような液体となって、グランディエの手の中でいくつかの色に分かれる。具体的には、白や黒、あるいは黄色に染まった銀色の液体が、水と油が混じらないようにして、綺麗に分離していた。


 それらの液体は、次第に固形化していく。まるで、熱によって溶けた金属が、冷えて固まるかのようだが、ワルツの目から見る限り、温度は常温。しかも、グランディエが手に持っているのだから、実際に熱いというわけではないのだろう。


「……これが、私の知っている精錬なのですが……?」


「……常識や思い込みって、怖いわね。色々と、可能性を潰しているような気になってくるわ……」


 グランディエの精錬魔法を見たワルツは、感慨深げに相づちを打った。これまで"普通ではない"ものに接してきて、そして自分自身が"普通"とはかけ離れた彼女でも、グランディエの精錬魔法は、思わず驚いてしまうほどに新鮮なことだったらしい。


「でも、元素ごとに完全に分離しているわけではないのね?」


「えっ?」


「まぁ、無理に分離すれば不安定な物質になっちゃうから、当たり前って言えば、当たり前だけど」


「そうなのですか?」


 精錬魔法を使った本人であるはずのグランディエが聞き返す。細かい元素などは特に意識することなく、精錬魔法を使っていたらしい。


 一方、ワルツは、グランディエのその返答を聞いて、少し安心していたようである。もしも、誰でも精錬魔法で完璧な精錬が行えるのだとすれば、化学的な精錬の存在意義が無くなってしまい……。科学の結晶とも言えるワルツにとっては、自己の存在否定のようにも感じられていたのだ。科学など意味がない、と魔法に否定されれば、ワルツとしてはショックなのである。……まぁ、それも時間の問題かも知れないが。


「たとえば、この黄色い金属。ケイ素とかリンとか硫黄とかが混じった状態だから、分離しようとすれば、もっと細かく分離できるはずよ?ただ、リンとか硫黄とかは金属じゃないから、同じ魔法で分離するのは難しいのかも知れないけれどね」


「硫黄は分かりますが、"けいそ"と"りん"というものについては、聞いた事がありません。そのようなものが、ここに含まれているのですか?」


「えぇ。他にも、カルシウムとかカリウムとかナトリウムとかマグネシウムとか、いろいろな金属が混じっているのだけれど……」


 そこまで言って、ワルツは眉を顰める。それら金属を精錬する場合、手で持った状態で精錬することは、たとえ魔法であっても危険極まりないことに気付いたのだ。


「あまり元素の純度を上げすぎると、手の汗や、空気中の酸素と反応して、勝手に燃え出すから、手で持って精錬を試すのはやめておいた方が良いと思うわ?あと、ガスとかも気を付けた方がいいわね。精錬魔法に詳しくはないから、そもそも分離出来るかどうか分からないけれど、試すときは注意した方が良いわよ?」


「なるほど……参考にいたします」


 グランディエは、ジィッと黄色味掛かった金属を見つめていた。普段、彼女はその塊を無駄な不純物として捨てていたのである。しかし、ワルツの話を聞く限り、精錬し切れていない金属だというので、興味が湧いたらしい。すなわちそれは、グランディエの精錬魔法が、未だ不完全ということに他ならないからだ。


 今すぐにでも追加の精錬を試してみたかったグランディエだったが、どうにか思いとどまって、この場ではやらないでおくことにしたようだ。眠らせた人々が目覚めるまで、あまり時間がないからだ。


 ワルツもそれを知っていたためか、ヒョイッとグランディエの手の中から、鉄の塊だけを取り上げる。


「なるほど。この土壌だと、鉄分が想像以上に少ないわね」


 鉄の量は十数グラム。百グラムに満たない量だった。馬車の軸受けにするには、まったく足りない。


「みんなが起きる前に、もっと精錬してもらえる?グランディエ」


「えぇ。いいですよ?あとで、精錬魔法について教えて下さいね?」


「えっと……精錬魔法を使うのは貴女であって、私は元素についての知識を教えるだけなのだけれど……まぁ、いいわ。後でその辺は教えてあげる」


 ワルツがそう言うと、グランディエは嬉しそうに笑みを浮かべた。グランディエは薬屋を営んでいたためか、素材に対して少なくない興味があったようだ。


  ◇


 数分後。


「あの……ワルツ様?」


「ん?」


「鉄の塊を素手で捏ねる魔法なんてあるのですか?というより、魔力を一切感じられないのですが……」


「まぁ、力技で捏ねてただけだし……」


「…………」


「はい、完成」ガコン


 グランディエが精錬した小さな鉄の塊を、ワルツはまるで粘土のように捏ね合わせて、1つの固まりにしてしまった。挙げ句、指でズボッと穴を空け、ほぼ一瞬と言える時間で軸受けを作ってしまう。グランディエが自身の目を疑うのも、おかしな話ではない。


 なにより、グランディエは、ワルツのその加工精度に目を疑っていたようだ。単に鉄を捏ねているようにしか見えないのに、完成品は工業製品のように真円度の高い逸品なのだ。薬学の他、錬金術もすこし囓っていたグランディエからすれば、ワルツの加工技術は人間業に見えなかった。


「どうやったら、そのようなことが……」


「いや、その言葉、そのまま貴女に返すわよ」


「えっ?」


「えっ?」


 やはり、2人とも話が通じないらしい。いや話自体は通じているものの、お互いの常識が理解を妨害しているのだろう。


「ん?寝かせていた人たちが目を覚まし始めたみたいね」


「そのようですね。移動しながら、色々とお話を聞かせて下さいな」


「そうね。私も色々と聞きたいことがあるわ?」


 そんなやり取りをしながら2人は馬車に戻り……。馬車は再び動き出す。


 その後は、馬車の中から、ガールズトーク——とは思えない話題で、黄色い声(?)が上がったとか、上がらなかったとか……。


???「……はっ?!寝ていた?!睡眠魔法か?!」


???「た、隊長!ご無事で?!」


???「あぁ、大丈夫だ。しかし、あの馬車と魔物たちは——」


???「それが……我々が起きるまで待っていたみたいで、今、ようやく動き始めたようです」


???「……は?」

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