15.01-15 ふたり1
結局、一晩中晴れていたこともあり、ワルツは外に出ることが出来なかった。その代わりと言うべきか、町から人々がやって来る事もなかったので、ワルツとグランディエは、一晩をグランディエの家の中で過ごした。
そして朝になり雲が多くなってきて、青空がまったく見えなくなった頃。
「じゃぁ、そろそろ行きましょうか」
外を眺めていたワルツは、グランディエに提案する。
「いよいよですか!」
「……無茶苦茶嬉しそうね?昨日は眠れた?」
「ははは……」
ワルツの問いかけに、グランディエが乾いた笑みを返す。どうやら、夜は興奮して眠れなかったらしい。そんな彼女は、元来、一箇所に留まるような性格ではなく、様々な場所を転々と旅して回ることを好くような性格をしているのかも知れない。
余り眠れていなさそうなグランディエのことを慮ったワルツは、旅の方法を工夫することにしたようだ。疲れたとき、移動を止める事なく気軽に眠れるような、そんな方法は無いかと考えたのだ。
「そうねぇ……。適宜休めるように、馬車を作りましょうか(空から身を隠すという意味でも、馬車はあった方が良いわよね)」
「馬車……ですか?しかし……馬車を作ったとしても、引っ張る馬は……もしかして、町に立ち寄るのですか?」
「えっ?いや、馬代わりのなる生き物が、外にいるじゃない」
「魔物を使うのですか?!」
「みんな馬並みかそれ以上の体躯はあるんだから、馬車の一台や二台くらい、余裕で引っ張れるでしょ。きっと」
そう言ってワルツは立ち上がると、窓に際に立った。そして空に雲がかかっている事を確認してから——、
パチンッ!
——と、指を鳴らしたのである。
その瞬間、家の周りに生えていた木の根元に複数の転移魔法陣が現れて、木々が魔法陣の中へと吸い込まれていく。いや、"吸い込まれる"という表現は、少々語弊があるかも知れない。木々は、まるで、ストンと落ちるかのように、消えて無くなったのだ。
そして直後。空の上から——、
バラバラバラ!
——と製材された木々が落ちてくる。それらの木々は、大小様々。しかも、殆どの木材が、複雑な形状をしていたようである。
そんな木々が、重力にひかれるまま地面に落ちてきたり、明らかに重力を無視した動きをしてぶつかったり……。そんなことを繰り返している内に、一つの形を成していった。
それは、馬車だった。幌によって天井を隠すタイプではなく、天井も壁もすべてが木で出来た屋根付きの馬車だ。
さらには、タイヤまで付いていたようだ。それも、ただ木で作った硬質のタイヤではない。ゴムのようなものが付いたタイヤだ。どうやらワルツは、転移魔法の効果を調整して、木から樹液だけを抽出し、それに化学的な調整を施して、タイヤ用のゴムを作り出したようである。
「(転移魔法陣って、万能すぎよね……)」
小さな魔石だけで色々な事が出来てしまう魔法陣に、ワルツは内心で感動していたようだ。魔法以上に色々な事が再現できるためか、最早、彼女の頭の中には、レストフェン大公国にあった"自動杖"のことはすっかりと抜け落ちていたようである。
ちなみに、転移魔法陣を始めとした魔法陣は、それほど使い勝手の良いものではない。人間では不可能な速度かつ複雑に魔法陣を制御出来るワルツだからこそ、万能と感じられるだけである。
木々が魔法陣の中に消えてから約5秒。極短時間で馬車が出来上がったためか——、
「えっ?!今の音なんですか?!」
——グランディエは、家の外で生じた出来事に気付いていない様子だった。彼女が椅子から立ち上がり、窓に近寄るまでに7秒は掛かっているのだから、気付く方が難しいと言えるだろう。
ゆえに彼女は、外に停まっていた見知らぬ馬車を目の当たりにして、少しだけ警戒する。
「もしや、ワルツ様が転移魔法で呼び寄せたのですか?」
「いいえ?転移魔法で、作っただけよ?つい今し方、ね」
「あの……転移魔法と聞こえたのですが、間違いないですよね?馬車を作るってどういう……」
「んー、まぁ、そのうち分かるでしょ。実演して2台目を作っても良いのだけれど、そのために生きている木を伐り倒すのは可愛そうだから、また今度ね」
「はあ……」
「そんな事より出発よ?荷物は持った?」
「えっと、すぐに準備しますから、少しだけ……30秒だけお時間を下さい!」がらがらがっしゃーん
「……一見する限りは、元気な子ども、って感じなのだけれど……」
ワルツは慌てるグランディエの背中に向かってそう呟いた後、窓の外にいた魔物たちに目を向けた。グランディエの準備が終わるまでに、ワルツはワルツで、馬車を引っ張る"馬役"の魔物を決めるつもりだったのだ。
「(うーん。狼っぽい魔物を繋いで、犬ぞりみたいに出来るとおもしろそうなのだけれど……)」
しかし、狼型の魔物はいない。大きなイノシシのような魔物、熊のような魔物、あるいは大きな蜥蜴のような魔物などなど……。
「(こんなことになるなら、狼型の魔物を残しておけば良かったわ)」
冒険者たちに傷付けられ、死にそうになっていた狼型の魔物(?)は、遠く離れたミッドエデンのカタリナのところに転移させてしまっていた。選択肢には入らない。
結果——、
「……よし!ちょっと不安があるけれど、貴女に決めたわ!」
——ワルツはある魔物に馬役を頼むことを決めた。だが、その決定が、グランディエのことを、恐怖のどん底に叩き落とすことになるとは、この時のワルツは知る由も無かったのである。
バシャッ
???「んはっ?!(こ、これは、マナ?!)」
???「目を覚ましましたか?狐さん」
???「…………」ぷるぷる
???「私の事は覚えていますね?」
???「…………」こくこく
???「なら、人の言葉で話そうではありませんか。ワルツさんがどこにいるのか……あなたは知っているのでしょう?」ごごごごご
???「うぅ……主様……たすけて……」




