15.01-13 ひとり13
「…………」
「天気、曇らないかしら……」
「…………」
「晴れていると困るのよね……」
家の中に戻ったグランディエとワルツは、再び椅子に腰掛けながら、外を眺めていた。その際、喋っていたのはワルツだけ。グランディエは口を閉ざしたまま、何かを考え込んでいたようだった。
ひたすら一人で喋っていたワルツは、黙っているグランディエのことが気になっていたようである。彼女が気分を害しているのではないかと危惧していたのだ。
「えっと……グランディエ?もしかして……いえ、もしかしなくても怒ってる?」
グランディエには怒る理由があった。隠者生活を送っていたグランディエの住処に、町の人々を大量に呼び寄せたのはワルツだからだ。
だが、グランディエの表情に、怒りの色は浮かんでいなかった。ただひたすらに、考え込んでいるという様子……。問題は、彼女が何を考えているのか、である。
「もしもーし?グランディエ?」ぶんぶん
グランディエに問いかけても、返答も反応も無い。仕方がないので、ワルツはグランディエの顔の前で手を振った。
するとようやくグランディエが、口を開く。
「あぁ、すみません。考え事をしておりました」
「そうみたいね。で、何を考え込んでいたの?」
「……怒らないで聞いていただけますか?」
「えっ?えぇ……(私が怒るの?グランディエの方じゃなくて?)」
ワルツが戸惑いながら相づちを打つと、グランディエが考え込んでいたその内容を話し始めた。
「ワルツ様の魔法陣の原理を考えておりました。職業病、と言えば良いのでしょうか。薬草を薬に変えるとき、私も簡単な魔法陣を使う事があるのですが……ワルツ様の魔法陣はあまりに高度過ぎて、正直、魔法陣とは思えなかったのです。特に、魔法陣の消費する魔力量の少なさには驚きました。一般的に消費する魔力の量が多いと言われている転移魔法を使っているのに、魔石の魔力を殆ど消費しないというのは、ハッキリ言いまして、異常です。やはりこの世界の理を無視しているとしか思えません」
「なるほど……。私の魔法陣って、知識がある人から見れば、そう見えるのね……。今じゃ、原型を留めていないと思うから、自分では判断が付かないのよ」
と言った後、ワルツは、机の上で空っぽになったままのカップを見つめながら、子細を話し始めた。
「魔法陣の効率って……考えた事ない?」
「効率、ですか?」
「魔法陣を動かす魔力が、魔法陣のどこで、どんな風に消費されるのか、細かく考えた事はあるか、ってこと」
「ない……ことはありませんが、深く考えた事はありません」
「まぁ、専門的に色々と試していないと、あまり考えないわよね……。普通は、使えたらそれでいいじゃん、ってなっちゃうだろうし……」
椅子の上で足をブラブラと揺らしながら、ワルツは楽しそうに魔法陣の原理を説明する。魔法陣についての話し相手が出来て、嬉しかったらしい。
対するグランディエは、一字一句漏らさないように聞きながら、時折、驚きの表情を見せるなどして、相づちを打っていた。薬屋を営んでいることもあって、聴き上手なのかも知れない。
「魔力を流すインクの抵抗と、魔力の流量、それに圧力、ですか……。まったく考えた事はありませんでした」
「そりゃそうでしょうね……(オームの法則なんて、この世界には未だ存在しないでしょうし……)」
ワルツからすれば、魔法陣とは、電気回路とほぼ同じだった。回路の中を流れるものが、電子から魔力に変わっただけ。回路の中を流れる魔力が、伝搬の途中で無駄にならないよう、魔法陣を太くしたり、あるいは細くしたり……。そういった細かい工夫が、ワルツの魔法陣の高い効率を生み出していた。
他にも、魔法陣と電気回路が似通っている部分があって、電気を溜めるコンデンサのような効果や、電気に慣性のような効果を与えるリアクトルのような効果も、魔法陣で再現できたようだ。それらを使えば、好きなときに、好きな量・圧力の魔力を作り出せるということ。
「小さな魔石から少しだけ魔力を抜き取って、魔法陣の前段で魔力の圧力を上げて、必要な圧力にまで上昇させたら、魔法陣を発動させる……。理は無視していないようですが、やはり、その考え方は、この世界のものとは思えないですね」
「……まぁね(この世界にある理論じゃないし……)」
ワルツの魔法陣についての理論は、この世界において革命的とも言える内容だった。この世界の人々に知られれば、地球で電気が使われるようになった時と同じように、産業革命に近いことが起こるに違いない。
グランディエも、ワルツの魔法陣理論の可能性には気付いていたようだ。だが、どういうわけか、彼女の表情は暗い。
「でも、魔法陣の記述が難しすぎて、誰にも真似できそうになさそうです……」
ワルツは、実際に魔法陣を組み上げながら、その理論を説明していた。そんな彼女の魔法陣は、2次元的なものではなく、3次元。電気の回路基板が、複雑になると、複数の層が必要になるのと同じように、ワルツの魔法陣は複数の層に分かれていたのである。むしろ、"層"という枠組みを通り越して、"脳"のように立体的な構造をしていたと言うべきか。
ゆえに、重力制御システムを使えないグランディエからすれば、ワルツの魔法陣を再現することは不可能に思えていたようだ。絶対に再現できないとまでは言えないが、困難を極めるのは間違いないと言えるだろう。
ワルツもその点は理解していたようだ。
「立体だから?」
「えぇ……。ワルツ様の魔法陣は、立体でなければ再現できませんから」
「…………(まぁ、回路基板みたいに、2次元の魔法陣を何層も組み上げれば、同じ事が出来るのだけれど……)」
それが分かっていても、ワルツの口は閉じたままだった。あまり安易に口にして良いものではないと自覚していたらしい。今更な気もしていたようだが、新しい世界への入り口は、グランディエ自身に見つけて欲しかったようだ。
それからワルツは、窓の外に目を向けて、深く溜息を吐いた。時折彼女が見せるその仕草が、グランディエには気になっていたようである。
「ところで、先ほどからワルツ様は外を気にされているようですが、晴れていると何か問題でもあるのですか?」
ワルツは、外が晴れているから、曇るまで家に泊めて欲しいと言っていたのである。それはなぜなのか……。グランディエには疑問でならなかったようだ。
日の下に出られない種族がいる事は、グランディエも知っていたが、今は真夜中。晴れているから外を出歩けないことの理由にはならない。
「……信じてもらえるか分からないけれど、空から私の事を探している人たちがいるはずなのよ。だから私、天気の悪い日とか、建物の中とか、地下とかしか移動出来ないのよ」
「空から探されている……。やはり、ワルツ様は神様なのですね」
「いや、だから違うって。ただのマシンだから」
「魔神……」
「それ、絶対、字を間違っていると思うわよ?」
ワルツは、はぁ、と深く溜息を吐いて、窓の外に広がる夜空を憂鬱げに眺めたのであった。
???『定期連絡です』
???「どうでしたか〜?デプレクサ様〜?お姉様の痕跡は見つかりましたか〜?」
???『いえ。現時点で、惑星の4割について、光学的な捜索を完了しましたが、依然としてワルツ様の姿は見つけられていません。雲の下を移動されているのか、地中……あるいは海の中を移動されているのか……』
???「局地的な重力変動についても注視してくださいね〜?お姉様の事ですから、おそらく重力制御システムをお使いになるはずですし〜」
???『分かっています。たとえ地中や海中に隠れていたとしても、必ず見つけ出してみせます』




