15.01-09 ひとり9
「いや、お客が来ないのに、薬屋って言えるの?それって、本当に薬屋?」ずずずずず
グランディエは何を言っているのだろう……。というより、どうやって生活しているのだろう……。そもそも客が来ないのに、薬屋と言えるのだろうか……。ワルツは不思議で仕方がなかった。
対するグランディエは、少しぬるくなった自身のマグカップを両手で抱えるように持つと、その中身をクルクルと遠心力で回しながら、ワルツにこう答えた。
「ごく稀にいるのです。こんな私の所にやって来るお客さんが」
「ごく稀に、って……どのくらい?」
「そうですねぇ……ざっと、3年に1人くらいのペースでしょうか?」にこっ
グランディエのその返答は、ワルツの質問に対する回答であると同時に、自身が見た目通りの年齢ではない事を示唆するものであった。もしもグランディエが、見た目通り、本当に8歳児だとするなら、前に客が来たのは5歳くらいの頃。もはや薬屋を営むような年齢ではない。
「もしかして……この店を受け継いでから、そう時間は経っていなかったりする?」
ワルツは、グランディエの年齢を決めつける前に、もうひとつ問いかけた。グランディエが今、本当に8歳だとして、5歳の頃には先代がいた、という可能性である。つまり、グランディエが、背伸びをして、大人の真似をしているという可能性だ。例えるなら、イブのように。
しかし、グランディエの返答は、否だった。
「いえ、先代はいませんね。この店を作ったのは、私です。おそらくワルツ様は、私の年齢が若すぎるとお思いなのでしょう?」
「……見た目をそのまま信じれば、ね。でも、知り合いに2000歳を超えているのに見た目が女の子にしか見えないエルフとかいるから、別に驚くようなことではないわね」
と、ワルツが口にすると——、
「えっ……2、2000……?」わなわな
ズズズズズ……
——と、グランディエが明らかに動揺した様子で茶を飲み始めた。どうやら、グランディエの年齢は、この惑星の名付け親となったエルフの族長であるアルファニアほどではないらしい。
「あ、私自身はそこまで年を取ってないからね?(アルファニアって、2000歳だったわよね?あれ?4000歳だっけ?まぁ、いっか)」ずずずずず
それはそうと、自分は何歳だっただろうか……。と考える今年で16歳のワルツ。しかし、彼女はその年齢を知っていて言わない。雰囲気的に、グランディエの方が圧倒的に年齢が高そうだったので、あまりこの話題には触れないでおくべきだ、と思ったらしい。ワルツの空気を読む能力は、日々成長しているのだ(?)。
ゆえに、ワルツは話を変える。
「ところでだけど……貴女も、普通の人間ではないわよね?」
ズバッ、とワルツは、デリケートな話題に切り込んだ。やはり依然として空気が読めないらしい。
ただ、動揺していたグランディエが我に返るにはちょうど良い話題だったようだ。グランディエは、ハッとした様子で、ワルツへと意識を向け直す。
「え、えぇ。仰る通り、人間ではありません」
「エルフ……でもないわね。もしかして、魔女?」
この世界で魔女とは、種族名を指す。エルフに次いで長寿な種族で、限りなく人間種と見た目が似ていながら、人間たちには忌み嫌われる存在だ。大きな理由は、歴史的背景があるため、ということもあるが、彼女たちが自分勝手すぎる上、倫理感が人と共通しないことが原因である。ただ、本人たちはその違いを誇りにして生きていたりする。
しかし、魔女たちは、グランディエのように、眼が光る種族ではなかった。魔法を使っている時に、光ることはあるが、通常時は光っていない。むしろ、そういう意味では、常時魔法を展開しているルシアの方が、眼が光っている確率は高いと言えるかも知れない。
実際、グランディエの種族は魔女では無かったらしい。彼女は、ワルツの問いかけに対し、首を横に振る。
「いえ、魔女ではありません。彼女たちも薬屋を営む方が多いので、よく混同されるのですが、まったく異なる種族です」
「あら、そう……。眼が光っている種族で、なおかつ長寿……?ドラゴンが魔法で人に化けているドラゴニュート、ってわけでもなさそうだし……」
「えっと……なんだか、ワルツ様のお知り合いの方は、変わった方が多いようですね?」
「まぁ、普通ではないわね。でもそれはお互い様じゃない?」
そう言って、カップを机に置くワルツ。その中身は空で、喋っている内に、いつのまにか飲み干してしまったようだ。機械の身体でも、喉は渇くのだ。
グランディエは、何も言わずに、ワルツのカップの中に茶を追加した。そして、嬉しそうに、フフッと笑みを零して、ワルツに問いかける。
「私としては、ワルツ様の種族も気になるところです。あなたも、私と同じように、見た目通りの年齢ではないのですよね?それに、まったく魔力が感じられないというのに、雨の中、濡れないで歩けるなんて……まるで魔法ではない、何か、この世界にはない理を使っているように見えます。……そう、たとえば、神様のように」
「あー、そう言われることもあったわね。なぜか"まじん"って言われるんだけど、一文字だけ違うのよね……」
というワルツの返答に——、
「え゛っ」
——と、今までで、一番驚いたような反応を見せるグランディエ。それはそうだ。ワルツは自分が神ではないという明確な否定をしていないからだ。
それを素でやっているのか、それとも敢えてやっているのかは定かでないが、ワルツは、ズズッと茶を口に含んだ。
「で、結局、貴女は何者なのかしら?」
「……ま……う」
「えっ?」
「ですから、魔王、です!」
「……えっと、魔王って……種族名だっけ?」
ワルツは本気で混乱した。魔王とは何だったか、と。
???「お姉ちゃんの消息は?」
???「未だ掴めていません……」
???「……もう、私が直接探しに行く!」
???「いえ、ルシアちゃんが直接動くと、魔力が暴走したときに、誰も止められなくなりますから、待っていてください」
???「大丈夫だもん!テレサちゃんを連れていくから!」
???「……妾は物か何かかの?」




