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15.01-08 ひとり8

   コトッ……


 ワルツの前に、暖かい飲み物が入ったカップが置かれる。窓の向こうから声を掛けられた彼女は、何を思ったのか、森の中にあった家に立ち寄ったのだ。人見知りの激しい彼女としては、ある種の気の迷いと言えるかも知れない。


 土砂降りの中を歩く怪しい少女——もといワルツを出迎えたのは、見た目がワルツと同じくらいの背丈の少女だった。つまり、見た目は8歳くらい。尤も、ワルツ同様、中身の年齢も同じとは限らないが。


 そう言える理由がいくつかある。中でも、8歳前後の子どもが、深い森の中で、一人だけで生活できるのか、という点が、一番大きい疑問と言えるかも知れない。部屋の中にはいくつか家具などが置いてあったが、大人が生活しているような部屋には見えなかったからだ。すべての家具は、できるだけ低い場所に集中していて、棚の上の方はスペースがあり、蜘蛛の巣が張っている……。そんな状況を見れば、少女が一人で暮らしているのは明らかだった。


 とはいえ、そんな疑いや戸惑いを顔に出すワルツではないが。


「あぁ、ありがとう」


 ワルツは少女に対し、感謝の言葉を口にしてから、カップに口を付けた。そして口の中に液体が流し込まれた直後から、成分の分析を始める。


 しかし、何か毒が入っているというわけではなく、単にその辺の薬草から作った茶らしい。しかも——、


「へぇ、美味しいわね」ズズズズズ……


「粗茶ですが、お褒めいただき、ありがとうございます」


——と、ワルツの舌に合ったらしく、気に入る味だったようである。


「はぁ……温まるわー。まぁ、寒くは無かったけれど……」


 ワルツは、土砂降りの中を歩いていも、まったく濡れていなかった。一応、データとして"寒い"と感じることはできるが、寒いと思える要素はまったくなかったらしい。


 それでも、温かな茶を飲むという行為そのものが、ある意味、儀式のようなもののためか……。ワルツは、身体が温まるような、そんな錯覚を覚えながら、ホッと溜息を吐いた。


 対する少女は、ワルツに笑みを浮かべながらも、彼女の反応に疑問を抱いていたようである。少女の家を訪ねる者は、大抵、少女のことを怖がるからだ。


 ただ、ワルツもまた自分と同じように眼が光っていたためか、少女はその疑問を内心だけに留めることにしたようだ。とはいえ、完全には引っ込めることが出来ず——、


「……フフッ」


——微笑みとして、零れてしまったようだが。


「んん?何?お茶の中に何か入っていた?」


「いえいえ、そういうわけではありません。考えてしまったのです。普通の人たちは、私を見て、どんな事を考えているのかな、と思いまして」


「何の話?」


「眼が光っている事です」


「……あっ!」


 ワルツはこの時、ようやく自分の目が光っていることを思い出す。そして、パチッと眼を瞬かせた直後、彼女の目の輝きは無くなり、青い瞳がそこに浮かんだ。


「あら!目の色を輝きを止めることが出来るのですね?」


「そりゃ、そういうものだし……」


「そういうもの……。それは羨ましい話です。私も訓練すれば、この眼の輝きを止める事が出来るのでしょうか……」


 そう言って、少女は目を伏せて、自身のカップを覗き込んだ。そこには自分の顔が映っていて、目の赤い輝きも浮かんでいたようである。


 傷心気味にカップを覗き込む少女を前に、ワルツは不思議そうに首を傾げた。魔法を使う際、眼が物理的に光る人物が、知り合いにも何人かいたので、特別、気にするような事ではないと彼女は考えていたのだ。


「それ、消せないの?」


 ワルツが問いかけると、少女は眼を瞑って、顔を上げた。


「目を閉じている間は、誤魔化す事はできますが、常に光っているので、消せるものではありません」


「そう……。難儀な体質ねぇ……」ズズズズズ


 ワルツは茶を啜りながら、人ごとのように相づちを打った。返答する言葉が見つからなかったらしい。


 すると、少女は不思議そうな表情を見せた。なぜワルツが難儀な体質と言うのか、一瞬、意味が分からなかったのだ。


 というのも、彼女は()()から、眼の光を消すことは出来ないと教えられてきたのである。それが消せるとなれば——、


「(もしかして、この人は、私とは別の種族の方?)」


——という可能性しか考えられなかった。


「(少し残念ですが、そういう方も世の中にはいるのでしょう。この世界は広いのですから)」


 では、この人はどんな種族なのだろうか……。少女が問いかけようとすると、今まで黙っていたワルツの方から逆に質問が飛んできた。


「ところで、貴女、名前は?私はワルツ。ただの学生……じゃなくて、今はただの放浪者……旅人よ?」


「これは、名前を名乗らず、失礼いたしました。私の名前はグランディエ。ここで、薬師を営んでおります」


 グランディエと名乗った少女を前に、ワルツは、口の中に茶が無かったことに感謝した。


「こう言っちゃ悪いかも知れないけれど……こんなところに買い物に来る人なんているの?」


 雨の日は泥濘み、晴れの日でも蔦などが足に絡みつく歩きにくい道を、わざわざ歩いてやってくる人間などいるのだろうか……。そんな疑問をワルツが抱いていると——、


「えぇ、いませんね」


——少女は事もなげに、そう言い切ったのである。


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