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15.01-07 ひとり7

 夜も更け、深夜を回ったところで、空からは大粒の雨が降ってきていた。土砂降りだ。自動洗車機に洗われるかのように、ワルツのことを、上からも下からも、雨粒が包み込む。


 空では、雷も踊っていた。雷と雷の間隔は5秒足らず。まるで空を龍が這うように、複数の閃光が雲の中で眩く明滅する。


「熱帯雨林、って感じね」


 町から出た後、文字通り道なき場所を真っ直ぐに歩いている内に、ワルツは密林へと辿り着き、そして森の中を真っ直ぐに歩いていた。そんな彼女の周りに雨が落ちることは無く、飛び跳ねた水や泥で彼女が濡れることも無い。見えない壁が彼女を守っているかのようだ。


 パシャパシャという音を立てることも無く、真っ暗な密林の中を歩いて行く内で、ワルツはこの世界に来たばかりの頃を思い出していた。森の中に墜落し、辺りの草木の植生に目を奪われ、生えている木の実などを試しに口にしていた頃の事を。


「(あのときの森とはまったく違うけれど、一人で森の中を歩いていたっていう点だけは同じね。で、すぐにルシアに会った、と)」


 ふとワルツは、妹の顔を思い出す。出会ったのは今から1年と半年ほど前の事。そのころのルシアと今のルシアとでは、大分雰囲気が変わっていることに気付いて、ワルツはフッと笑みを零した。


「(あの娘も強くなったし、周りには支えてくれる人たちもたくさんいるし……私がいなくなっても……)」


 大丈夫、だろうか?そう考える前に、ワルツは思考を止めた。


 今の彼女は、言わば家出状態。妹たちに会わせる顔が無く……。言い訳の一つも考える事が出来ない——いや、考える資格は無いとさえ考えていた。


 ワルツは、妹たち——コルテックスやテンポたちの事を信じられず、頼ることが出来なかった。お互い好き勝手やっているのだから、信じる、信じないは、人それぞれの自由である。しかし、ワルツの場合、妹たちのことを信じられなかったことが、彼女たちに対する背信行為だと考えたらしい。


 ゆえに、ワルツは、コルテックスたちだけでなく、ルシアたちの前からも姿を消したのだ。コルテックスたちを信じられないというのであれば、いつかはルシアたちに対しても、同じように信じられなくなる日が来るかもしれない……。


 それは恐怖だった。絶対にあってはならないことだ。だが、いつか地球に帰ろうとしている自分が、ルシアたちの事を裏切らないと言えるだろうか。そうなる前に、自分から身を引こう……。そんなワルツの思考は、最早、手の付けようのないネガティブシンキングだと言えるだろう。


 結果、ルシアたちについての思考を停止し、着の身着のままに森の中を歩いていたワルツだったが、彼女はふと、ある事に気付く。


「(ん?近くに道がある?)」


 森を突っ切るように歩いていた自分の近くに、獣道よりも少しマシと言えるような道があることを、ワルツは見つけた。何度も通っている内に、踏み均されたような道だ。草木が生えていないというだけで、雨の日などは泥濘んで歩けなくなってしまうような悪い道である。


「(一応、定期的に人が歩いている感じの道ね。馬車が歩けるような感じではないから、村があるってわけじゃないと思うけれど……)」


 そんな事を考えながら、ワルツは進路を変えて、道の方へと歩み出た。


 その道は、ワルツがさほどまでいた町と、別のどこかを繋ぐように続いているようだった。決して広くは無い道なので、使っている人間も、2人や3人といったレベルなのだろう。


「(原住民?ザ・ジャングル、って感じだから、原住民みたいな人たちが住んでいてもおかしくはないけれど……さっきの町の発展具合を考えると、こんな町の近くに、原住民が住んでいるとは思えないのよね……)」


 と考えつつ、原住民の定義についても考えるワルツ。この惑星に住む者たちは、(あまね)く原住民なので、原住民と表現することに疑問を持ったらしい。


「(原始人?原……まぁ、何でもいっか。もしかすると、意外な人たちが住んでいたりして)」


 ワルツは気配を消すのが得意である。自身の眼が光っていることについてはすっかり失念しているが、大雨の中で、木陰から少し覗く程度なら、誰にも見つからないに違いない。


「(この森が、実はアマゾンクラスの大森林でした、なんてことになったら、いつ踏破できるか分からないし……ちょっと覗いていきましょうか)」


 そう考えたワルツは、森を突っ切るのをやめて、小さな道を歩き始めた。


 雨の中をスタスタと1時間ほど歩いた頃。彼女の目に、何か光が入ってくる。


「えっ……こんなところに家?」


 森の真ん中。さして拓けてもいない場所に、建物が建っていた。周囲には何も無い。あるのは、その建物1件だけだ。やはり、原始人のような暮らしをする者たちが集まった集落、というわけではないらしい。


 建物は平屋で、それほど大きくはない。だからといって小さいわけでもなく、いくつかの部屋があるようなサイズ感だ。狩人たちが拠点として使うような小屋にしては大きすぎると言えるだろう。


「(人嫌いの魔女が住んでいる家、って感じね。案外、私と同族だったりして)」


 ワルツが地球に住んでいた頃、彼女が住む家もまた、森の中にあって、町からはかなり離れた場所に建っていた。そのことを思い出した彼女は、目の前の家を見て、ふと懐かしさを感じたらしい。


 とはいえ、彼女が住んでいた家と、目の前の家は、まったく趣が異なっていた。ワルツが住んでいた家は、日本の一般的な住宅と同じ。しかし、目の前の家は、密林の中に建っている関係で、家の壁や屋根が植物の根や枝に侵食されるかのように佇んでおり、一歩間違えれば廃墟と見間違えそうな建物だったのである。


 ただし、本物の廃墟というわけではない。何かしらの魔法が掛かっているのだろう。植物の根や枝は、家を避けるように伸びていて、家そのものに浸食はなかったのである。


「(世の中には、色々な生活様式があるのね……)」


 ワルツはそんな事を考えながら、踵を返した。人見知りの激しい彼女が、誰かの家に一人で近寄るなど、ありえない事だからだ。


 時間はあり余っているので、ただ見たかっただけ……。そんな好奇心を満たしたワルツは、再び森の中を歩こうか、それとも別の道を探そうか、と考えた。


 そんな時のこと。


「誰?」


「えっ」


 豪雨が降っているというのに、ワルツの耳に人の声が入ってくる。むしろ、ワルツだからこそ、その声に気づけたと言うべきか。


 その声の主は、家の中にいた。家の窓に立って、真っ直ぐにワルツの事を見ていたようである。


 それも、ただ見ていたわけではない。どこかの誰かと同じく、眼を赤く輝かせながら、だ。

受付嬢1「…………」ぽかーん


受付嬢2「……大丈夫?」


受付嬢1「……ダメかも知れない」


受付嬢2「ダメって言っている内は、まだ大丈夫よ?ところで……」


受付嬢1「……?」


受付嬢2「そのカウンターに乗っているギルドカードって、誰の?」

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