15.01-05 ひとり5
町を守ろうとしている人々の数は、およそ2000人。対する魔物側は20匹ほど。1人イコール1匹の戦力と言えるかは不明だが、数だけで言えば100倍の戦力差があった。
有利なのは、人間側である。彼らは組織立って行動し、その上、飛び道具の武器や魔法が使えて、さらには数が多いのだ。それに対し、魔物たちは、その辺にいる文字通り寄せ集めの者たちばかり。偶然、少女に忠誠心(?)を抱いた有象無象でしかなかった。ゆえに、魔物たちに勝ち目は無い。
少女や魔物たちが、人間側の攻撃の射程範囲内に入った瞬間、矢や魔法が放物線を描いて、少女たちの頭の上に、雨のように降り注ぐ。2000発の攻撃、というわけでなく、数百発程度の攻撃でしかないが、それでも少女たちからすれば、雨霰のように見えていたようだ。
ただ、幸いと言うべきか、真っ直ぐに矢や魔法を飛ばせるほどの技量を持った人物は存在していないらしい。もしもこの場にルシアがいたなら、魔法を直線に飛ばして、ひと薙ぎで少女や魔物たちを蹂躙することが出来たに違いない。まぁ、それで少女に損害が与えられるかはまた別の話だが。
そんな妹のことを思い出して、苦々しい表情を浮かべた少女は、はぁ、と深い溜息を吐く。この時、彼女の視線は、迫り来る矢や魔法を見ていない。彼女は、人間たちからの攻撃に、微塵の脅威も感じていなかったからだ。
飛んできた矢や魔法は、不自然な軌道を描くと、少女たちの頭を通り越していく。明らかに物理法則を無視した軌道だ。
少女たちに向かって、雨のように降るはずだった攻撃は、少女たちの頭の上を越えた後、遙か遠くの林の中へと消えていき……。そして——、
ドォォォォンッ……
——と、地面に着弾して、爆煙を上げた。飛んできた魔法の殆どが、火魔法だったらしく、着弾して火柱を上げたのだ。結果、その場にあった草木に燃え移って、延焼が始まる。
雨の多い地域だったことが幸いして、大規模な山火事に発展する可能性は低かった。いまなお、夜空には、分厚い曇がかかっているのである。漂ってくる焦げた臭いとは別に、濃厚な草色の臭いが漂っているので、そのうちまた雨が降り出すに違いない。
少女は空を見上げ、星々が見えないことに安堵した後、魔物たちに目をやり、彼らが暴走していないことを確かめる。彼女としては、魔物たちが暴走して、人に襲い掛かり、反撃されて怪我を負ってしまうことを気にしていたらしい。
幸い、魔物たちは身を縮こめながらも、その場から動いていなかった。主人に"待て"と指示を出されてからというもの、健気に命令を守っているようだ。
そんな魔物たちの姿を見て、安堵した後。少女は、自分に敵意を向けている人間たちの方——というより、町の方を向いた。脅威度の低い人間たちの姿は、すでに少女の目には映っていない。彼女は町に用事があったようだ。
少女が一歩踏み出す度に、人間たちは後ろに後退し、矢や魔法による攻撃を繰り返す。しかし、何度繰り返しても、少女にはただの1発も当たらなかった。流れ弾が魔物たちの方にも飛んでいくものの、そちらも不思議と当たらない。矢も魔法も、異常な軌道を描いて、明後日の方向へと飛んで行ってしまうからだ。
その様子を見た人間たちは、事前に話し合っていたのか、戦術を変えた。前衛・中衛・後衛に別れて、少女と戦うことにしたのだ。
まったくもって、愚かな策としか言えなかった。一切の攻撃を受け付けない少女が相手なのだから、逃げるというのが適策だというのに、人間たちは、わざわざ固まって肉の壁を作ったのである。少女がやる気になれば、最小限の攻撃で全滅させることが出来るだろう。まぁ、少女の方に攻撃をする意図は無いようだが。
人間たちの行動を見て、少女は「馬鹿ねぇ」と再び溜息を吐きながら、真っ直ぐに人間たちの方——町の方へと歩いていく。そのうちに、前衛の人間たちまであと数歩、というところまで近付くと——、
「貴様!そこで止まれ!」
——という声が飛んでくる。当然、少女は止まらない。
結果、少女の身体が、前衛の兵士の攻撃圏内に入る。すると、何の躊躇も無く、剣やら斧やらが少女に振り下ろされるが——、
ぬるり……
——と、すべての攻撃が、軌道をズレて、地面を穿つ。そして、攻撃した兵士は、皆、前のめりになってバランスを崩し、転んでしまった。
元々、重い鎧なのだろう。一旦バランスを崩した前衛の兵士たちが立ち上がるまでには、かなりの時間が掛かりそうだった。
その間も、少女の足は止まらない。低速のダンプトラックが人垣を掻き分けて進んでいくかのように、前衛の兵士たちが転んでいく。ダンプトラックと少女の移動に違いがあるとすれば、踏み潰されて肉塊になる者がいないことくらいだろうか。
前衛がまともに機能できなかった結果、戦列は意味を成さなくなった。少女はすでに前衛と中衛の間まで移動しているのだ。そんな少女に攻撃を当てようとすれば、味方を巻き込んでしまうのは確実。誰も攻撃が出来ない状況になってしまっていた。
ゆえに、少女は、中衛の者たちも難なく突破する。後衛も同じだ。回復魔法や補助魔法が使える彼らに、戦う手段は無い。
ただ——、
ミシッ……
「(結界魔法?ふふっ。懐かしいわね)」
バキンッ!!
——防御用の結界魔法だけは、壁としての役割を果たせたようで、一瞬だけ少女の足止めができたようだった。とはいえ、ほんの一瞬のこと。人間が知覚できるような時間ではなく、一見する限りは、何の抵抗もなく破壊されたように見えていたことだろう。
結果、少女は、兵士や冒険者たちの真ん中を突っ切って、町の前までやってきた。すると、今度は、町を守る壁にいる兵士たちから、攻撃が飛んでくる。大きな矢のようなバリスタまで飛んできた。外にいる人々を巻き込むことを考えていないような攻撃だ。それほどまでに、彼らは、少女の事を危険視しているのだろう。……あるいは単に愚かなだけか。
しかし、その攻撃は、少女にも、そして外にいる兵士たちにも当たらなかった。もちろん、魔物たちにも当たらない。やはり、すべての攻撃が、物理現象を無視して、皆の頭の上を通り越し、誰もいない遠くの地面まで飛んでいってしまうからだ。
普通はあり得ない現象だった。ゆえに、人々は混乱し、恐怖した。そして思う。
……あの少女はやはり魔王だ。この町を破壊するためにやってきたのだ、と。そして——自分たちはもうお終いだ、とも。
そんな町の人々の考えを知ってか知らずか……。正門に辿り着いた少女は、門を無慈悲に開ける。いや、空けると表現した方がいいだろうか。
ミシミシミシ……メキメキメキ……
それは漫画のような光景だった。少女は町の門の存在を無視して真っ直ぐに歩いたのだ。その結果、少女の身体の形をした穴が、門に空いてしまったのである。
門を越えた向こう側にも人は大勢いたが、皆、門を突き破って現れた少女を前に、恐怖の視線を向けていて……。敵意らしい敵意は、最早消え去っていた。
向けられる人々の視線に、少女は溜息を吐く。なぜこんなにも、自分は嫌われているのか……。仲間たちを捨てて、一人、行動している自分が悪いのか……。そんなネガティブな考えが、少女の頭の中を埋め尽くした。
そんなことを考えながら、人垣の真ん中を割って、少女が向かった先は、町にあった冒険者ギルドだ。大通りを普通に歩いて、ギルドに向かう少女の姿に、町の人々は困惑するが、少女の木手は彼らには分からない。
そして少女はギルドの中に入り、閑散としたフロアを突っ切って、カウンターまでやって来て……。ガタガタと震えながら、カウンターに座っていた受付嬢に向かって言った。それも、自分のギルドカードを差し出しながら。
「なんか、外を散歩していたら、冒険者とか兵士とかに襲われたんだけど、被害届って、ここで出せるの?」
そう口にする少女のカードには、ワルツという名前と、Aランクという文字が書かれていたようだ。
???「えっ……お姉ちゃんから連絡があったの?!」
???「いえ、一方的に魔物が送りつけられてきただけです」
狐の魔物「くぅん……」
???「そっかぁ……」ぶわっ




