15.01-02 ひとり2
パキッ!
暗闇の中、少女が焚き火を突いていると、前触れもなく炎が爆ぜる。焼べた木の中に水分が残っていたらしく、加熱されて弾けたらしい。
その音に、目を閉じていた狼は耳をピクリと動かすものの、それ以上、狼が動じることは無かった。身体の大きな狼からすれば、小さな焚き火など些細な事。そんな些細なことよりも、休むことを優先したらしい。
少女の方も、狼と同様に、まったく動じない。自分の上に火の粉が舞い落ちてくるくらい焚き火が弾けても、避けることも払いのけることもなく、ただ、つまらなそうに、焚き火を突き続けるだけだ。まるで、火の粉に気付いていないかのように。
少女が狼と異なっていた点は、夜通し起きていたことと、時折空を眺めては、溜息を吐いていたことくらいだ。空には未だ曇天が漂っていて、星空を見ることはできない。
そんな少女の態度が気になったのか、それとも主の真似をしたかっただけなのか……。狼はノソリと身体を起こすと、少女の横に腰を下ろして座り、そして頭を少女の横に置いて——、
「フンスッ」
——と溜息を吐いた。まるで、主人に構ってもらえず、拗ねる犬のようだ。
そんな狼に、少女は問いかける。もちろん、狼から返答が戻ってくるとは思っていない。話し相手がいなかったので、つい、話しかけてしまったらしい。
「貴女……どこまで付いてくるのか知らないけれど、私に付いてきても、貴女の得にはならないわよ?」
「フンスッ」
「我関せず、見たいな顔をしてるけれど、言葉が通じてることは分かっているのだからね?」
少女の経験から、大型の魔物たちは極めて頭が良く、皆、人の言葉を理解していることを知っていた。場合によっては、変身魔法で人に化けて、町を歩き回ることさえある、と。
そこにいた狼も、恐らく自分の言葉を理解しているのだろう……。そんなことを考えつつ、少女は呟く。
「私に甘えたって、何も出来ないし、応えることも出来ないのに……。馬鹿な狼ねぇ」
少女はそう言って、狼の鼻の上に手を置いた。そして、そこにあった短い毛を、小さな手で優しく撫でた。
撫でられた側の狼も気持ちよさそうに、目を細めて……。そして、尻尾をバフッと振ってから、狼は再び眠りについた。
◇
そんな1人と1匹の旅は、次の日も続く。
狼も段々と少女になれてきたのか、休憩の際は、時折、鼻先を少女の身体に寄せて、撫でてアピールをする。鼻の上を撫でられるのが気に入ったらしい。
「貴女ねぇ……」
「わふっ?」
「……まったく」
そう言って少女は、狼の鼻の上に手を置いて、狼を撫でた。そして毒づく。
「私に付いてきたところで、人を……仲間を信じることの出来ない私には、貴女に与えられるものなんて何も……いえ、肉しかないのに……」
「わふっ!」
「……貴女、やっぱり人の言葉を理解してない?」
「…………?」しーん
「……肉」
「わふっ!」
「……もう、狼じゃなくて、ただの駄犬ね」
肉が欲しいから付いてきているだけ。そう言わんばかりの狼の態度に呆れながら、少女は今日も狼のために魔物を狩る。
◇
狼は馬鹿ではなかった。少女の言葉は理解していたし、少女が自分のことを気遣って休憩してくれているということも理解していた。そして少女が、なぜか、心に傷のようなものを負っていることも理解していた。
彼女の心の傷に気づけたのは、狼自身もまた、同じような立場にあったからなのかも知れない。狼は、少女から一方的に食事を与えられるだけで、何も返すことが出来なかったからだ。
その狼は、義理堅い生き物なのである。例え相手が自分よりも強者であっても、あるいは弱者であっても、与えられれば、与えられただけ、返そうとする……。それが彼女の生き方だった。
ゆえに、狼にとって、今の状況は、もどかしくて仕方がなかった。主人のために何かを返そうと考えるが、精々、近寄ってくる魔物を威嚇して、追い返すことくらい。そもそも、主人は絶対的強者。放っておいても、その辺の魔物ごときに、傷付けられることはないのである。自分が無駄な行動をしている事を、狼は理解していた。
出来る事と言えば、愛玩動物のように、主人に甘えることくらい。人がペットなどの小さな動物を可愛がる事は、狼も知っていた。幸い、主人は、鼻先を近づけたり、腹を見せたりすれば、撫でてくれるのである。たとえペット扱いされようとも、それが主人に対する恩返しになるのであれば、狼としては構わなかった。プライドなど二の次だ。ただ……。時折、主人が、自分の事を「馬鹿」と呼ぶことだけは理解出来なかったようだが。
◇
そんな旅が数日続いたある日の晩。
ビュゥンッ!グサッ
「キャインッ!」
1人と1匹の旅は、突然の別れの危機に陥ることになる。




