14.21-27 色々な力27
ある意味、閲覧注意なのじゃ?
「えぇ、えぇ、話は聞かせて貰いました〜。壁に耳あり、障子に目あり、メンテナンスハッチにコルテックスありですから〜」
「うん、そういう冗談いらない」
ワルツは深く溜息を吐いた後で、コルテックスに言った。
「どうして姿を隠してまで、私たちの話を聞こうとしていたわけ?」
「それはもちろん、お姉さまが困りごとに陥ったとき、私たちを頼ってくれないからですよ〜?頼ってくれないから、聞き耳を立てざるを得なかったのです」
コルテックスはそう言ってから、ワルツを真似るように、肩を竦める。
「何か、私たちに頼れない事情があるのでしょうか〜?」
対するワルツが口にした言葉は、返答ではなく、質問だった。
「逆に聞くけれど、貴女たちも機動装甲を作ったわよね?私には報告も相談も無しに」
「なるほどなるほど〜。テンポお姉様の機動装甲をご覧になった、と〜。つまり、お姉様は、私たちがお姉様の事を蔑ろにして、秘密裏に機動装甲を作ったと考えられたのですね〜?だから、私たちは信頼できない。頼ることもできない、と〜」
コルテックスはそう言って、残念そうに肩を竦めた。
彼女は、姉であるテンポの機動装甲を作るために、協力した事がある。しかし、それは、ワルツには秘密で作ろうとしたわけではない。テンポの完成版機動装甲は、ワルツとルシアがミッドエデンを離れてから作ったものなのだ。そもそも、ミッドエデンにいない——いや、ミッドエデンから自ら離れた人物に、わざわざ機動装甲の完成を報告するというのは、少々、乱暴な要求だと言えた。
そうは考えても、コルテックスはワルツに抗議することは無い。へそを曲げている姉に下手な事を言えば、さらにへそを曲げる……。そんな直感があったらしい。
コルテックスは反論するのではなく、言い訳をするように、あるいは自分よりも幼い子を諭すように、こう言った。
「仰る通り、お姉様には相談無く、製作しました。ですがそれは、お姉様方がミッドエデンにいなかったからなのです」
対するワルツは、即座に質問を返す。
「じゃぁ、私たちがミッドエデンにいれば、私に報告していたの?」
コルテックスはその問いかけに対し、首を横に振る。しかし、それもまた、彼女の計算の内。
「いえ、していないでしょうね〜。ですが、お耳には入っていたはずです。テンポお姉様の機動装甲の作成に関与したのは、私だけでなく、お兄様やストレラ、それに、王城にいる方々も皆、一緒になって、作り上げたのですから〜」
「…………」
ワルツは黙り込んだ。コルテックスの発言が正しいかを考えたのだ。
もしも、コルテックスたちだけで、テンポの機動装甲を作ったのだとすれば、ワルツの耳に噂話が入ってこない可能性は高かった。コルテックスにしても、アトラスにしても、ストレラにしても、口は硬いからだ。テンポなどはその筆頭である。
しかし、ミッドエデンの王城代替施設関係者が、挙って協力したのだとすれば、話は別。ワルツのことを慕う者たちもいるので、彼女の耳に噂話が入らない可能性はゼロだと言えた。コルテックスが王城代替施設の関係者たちに声を掛けた時点で、ワルツの耳にもその呼びかけの声が届いていたに違いない。
つまり、コルテックスたちが機動装甲を構築している事を知らなかったのは、ワルツの自業自得。耳を塞いでいたのは、ワルツ自身だったのだ。
自分が悪い、という考えに至ったワルツは、ムスッと不機嫌そうな表情を浮かべるものの、数秒後に、「はぁ」と深く溜息を吐く。どうやら、考えに整理を付けたらしい。
「悪かったわ。確かに、貴女たちは悪くないわね」
「でしたら——」
私たちを頼ってはもらえないだろうか……。コルテックスはワルツにそう声を掛けようとした。
しかし、ワルツは妹の言葉に声を被せる。
「だけど、これは私の問題よ。私が自らの力で解決しなければならない問題」
対するコルテックスとしては、ワルツの機嫌を悪くするつもりも、突き放すつもりもなかったので、内心、慌ててしまう。話が想定した方向とは、真逆の方向に流れ始めたのだから当然だ。
「でしたら尚更です。私たちはお姉様に作られた存在。私たちもお姉様のお力に——」
「ごめん」
「えっ……?」
「私たち……いえ、私は、一度、ミッドエデンを捨てたの。今更、後戻りはできないし、しようとも思わない。たとえ貴女たちと敵対することになろうとも、私には戻る道はもう無いの。前に進むだけ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「今日、この瞬間までありがとう、コルテックス。私の身勝手で、色々と面倒事を押しつけちゃったけど、それももう、今日で終わり」
ワルツはそう口にすると、転移魔法陣を展開した。そして——、
「学院で私が何をしようとしていたのか、詳しくはマグネアに聞くと良いわ?きっと貴女たちのためになるはずだから。貴女たちのことを信じられなかった私を……許してちょうだい」
さようなら。
そう言い残して、ワルツは虚空へと姿を消した。
取り残されたコルテックスたちは、唖然として固まった。あまりにも唐突すぎるワルツの行動に、あらゆる意味で理解が追いつかなかったのだ。
それからコルテックスはどうにか考えに整理を付けて、上層階に向かった。するとそこには、ルシアたちの姿があって——、
「そ、そんな……」ガクッ
——コルテックスは思わずへたり込んでしまう。ワルツがルシアたちまでこの場に置いて、たった一人でいなくなるとは思っていなかったのだ。
コルテックスから話を聞いたルシアたちも、驚いてワルツを探そうとした。しかし、一人だけで、超長距離の移動が可能になっていた今のワルツを追いかけることは不可能。衛星軌道上では、エネルギア級三番艦のストレンジアが、ワルツの移動先を探ろうとしたが、ストレンジアの存在を知っているワルツが、その追跡に捕らえられることはなく……。三日三晩続いたワルツの捜索も、収穫は完全なるゼロ。当然、ポテンティアのマイクロマシンによる追跡の網にも引っ掛からなかった。
結果、取り残されたコルテックスやルシアたちは、数週間にわたり、口がきけなくなるほどのショックを受けた。彼女たちからすれば、自分たちは、ワルツに捨てられた、としか思えなかったのだ。
ワルツはなぜ、自分たちから離れていったのか……。彼女が、捌け口の無い怒りと悲しみを抱いていると気付いた者は、誰一人としていなかった。
いったん、ゼロに戻すのじゃ。




