14.21-06 色々な力06
「あの……ワルツ様?」
「ん?何?」
「か、可能でしたら、お手柔らかにお願いいたします。隣国が荒れますと、国境の治安もまた荒れますので……」
ジョセフィーヌが困った様子で、ワルツに懇願する。ワルツとの付き合いが比較的長いジョセフィーヌから見ても、ワルツの笑みには何か含みのあるように見えていたのだ。
どんな意図でワルツは笑みを浮かべたのか……。その場にいた約9割5分の者たちは、自分たちに敵対行為を働いたドリニア王国に対し、怒りを感じて顔を歪めたのだと考えたようである。実際、彼女の怒り(?)を買った国——エムリンザ帝国は、たった一晩のうちに国としての機能を失っていた。
それをミッドエデンがやったという証拠はどこにも無かった。しかし、政府高官たちの半数ほどは、ミッドエデンが介入したのだと確信していたようである。
もう半分の高官たちも、普段は堂々としているジョセフィーヌが低姿勢になっている姿を見て、ミッドエデンがどういう国なのか、なんとなく察していたようだ。そんな彼らが感じていたのは畏怖。ミッドエデンの全容が見えない彼らにとって、ミッドエデンという国は、藪の中の蛇か、あるいは眠れる獅子のように見えていたことだろう。
……というのは、前述の通り、9割5分の者たちの話。残りの5分——具体的に言うと、ルシアとテレサだけは、もっと違う推測をしていたようである。
「(お姉ちゃんの頭の中……今、多分、資源のことで一杯じゃないかなぁ?)」
「(うむ……。ワルツのあの顔は、何か碌でもない悪巧みをしているときの顔なのじゃ)」
差詰め、ドサクサに乗じて、ドリニア王国の資源を根こそぎ攫う方法でもを考えているのだろう……。ルシアとテレサはそんな予想を立てものの、実際にワルツが何を考えているのかは不明である。
そして当の本人であるワルツは——、
「まぁ、今回の襲撃は、レストフェン大公国とドリニア王国との間の争いだから、私たちミッドエデンが介入する事は無いわ?」しれっ
——と、ミッドエデンによる戦争への介入を否定する。その発言に、会議室の中にいた者たちの約半分が残念そうな表情を見せ、そしてもう半分がホッとしたような表情を見せた。レストフェンの政府高官たちの中には、ミッドエデンの存在を厄介に思っている者もいれば、自分たちの代わりに戦ってくれないかと期待している者もいたらしい。
そんな者たちの前で——
「ん?あ゛あ゛っ?!……だ、だって!……ほ、ほら!あれよ、あれ!テレサ。代わりに説明して?」
「え゛っ?(丸投げすぎるのじゃ……もうダメかも知れぬ……)」
——自分に視線が集中していることに気付いたのか、ワルツは慌ててテレサへと説明を放り投げる。不意に人見知りの激しさが発症(?)したらしい。
対するテレサは、冷静だった。ワルツの考えを予想して、彼女の説明を補完する。
「……我々、ミッドエデンが戦争に加担すれば、其方らも知っておるとおり、一晩にして相手国は滅びるのじゃ。しかし、それでは、ミッドエデンが国を滅ぼし、かの国を乗っ取ったということになってしまうじゃろう。その後、何が起こるかは、聡明な其方ら分かるじゃろう?ミッドエデンが乗っ取った国は、当然、レストフェン大公国ではなく、ミッドエデン共和国になってしまうのじゃ。それでも良いならミッドエデンも参戦するが?……とワルツは申しておるのじゃ」
「そうそう。そういうこと」
ワルツの代わりに説明したテレサの言葉が進むに連れて、レストフェンの政府高官たちの顔色が青く染まっていった。謎の技術を持った超大国——ミッドエデンが、レストフェンの真隣に領地を持つと、どんなリスクが生じるのか……。その恐ろしさに気付いたらしい。一言で言うなら、明日は我が身、だ。
結果、彼らがミッドエデンに助けを求めるという選択肢は消え去った。彼らがミッドエデンとのやり取りで選べる選択肢は、ミッドエデンからの物資の購入や、一時的な借款くらい。それでも、現状、四面楚歌状態のレストフェン大公国としては、これ以上無いほどの大きな援助だと言えた。
◇
会議の場に乱入し、ミッドエデンからの物資の提供を約束した後。ワルツたちは、公都にある冒険者ギルドへとやってきていた。アステリアとマリアンヌを冒険者として登録すること。そして、アステリアが魔物を狩ることによって得た大量の肉を売却することが目的である。
カランコロン……
「(この大陸にも鈴があるわね……。やっぱり願掛けのためなのかしら?)」
ミッドエデンがある大陸のほぼすべての店で、扉に鈴が付けられている理由を思い出しながら、ワルツは冒険者ギルドの扉を開けた。先頭はワルツ。その後を、ルシアやテレサたちがゾロゾロと付いていく。
そんな彼女たちの事を傍から見れば、年端もいかない少女たちが、場違いな場所に迷い込んだように見えていた。しかも、構成メンバー5人のうち、3人は社会的地位の低い獣人。場違いも甚だしいとすら表現出来る状況だった。
それゆえか、ガラの悪そうな冒険者が早速絡んでくる。ワルツもそんな冒険者の存在に気付いて、撃退してやろうかと考えていたのだが——、
「おうおう!嬢ちゃ……ひぃっ?!」びくぅ
「「「「「えっ……」」」」」
「す、すみませんでしたぁぁぁぁっ!!!」しゅたたっ
——男は何かに気付いたのか、全力で冒険者ギルドの外へと逃げていった。彼の視線が、ルシアとテレサに向けられた瞬間、反応がおかしくなったところを見るに、恐らく彼は、以前、2人に遭ったことがあるのだろう。その際に、何か恐ろしいものを見せつけられたに違いない。例えば、公都周辺を人工太陽の雨が降るような光景や、たった2人の獣人の少女たちによって、町の衛兵たちが全滅させられる光景などなどを……。
そんな男に続いて、他の冒険者たちも、慌てて冒険者ギルドから逃げ出そうとする。最早、大パニック。あるいは集団ヒステリーといえる状況だ。彼らに共通しているのは、恐怖に染まった顔色と、けたたましい悲鳴。まさに阿鼻叫喚。冒険者たちは、まるで凶悪なドラゴンに遭遇したかのごとく、一目散に建物の外へと飛び出していった。
幸い、昼間だったこともあり、冒険者ギルド内にはそれほど多くの人々はおらず、避難(?)は短時間で完了するが——、
「……えっと?誰かここで悪い事でもした?」
——詳しい事情を知らなかったワルツは、不思議そうに首を傾げていたようである。




