14.21-05 色々な力05
この世界において情報が伝わる速度は、非常に遅い。転移魔法や転移魔法陣といった長距離を一瞬で移動できる手段が存在していても、それを使える人物は限られているからだ。また、長距離を移動出来ると行っても、一般的な魔法使いでは、手紙を届ける程度でも、精々、数十kmが限度。その程度の能力でも、この世界ではトップクラスの魔法使いなのだから、場合によっては早馬の方が早いと言えた。
ゆえに、伝えられる情報は、伝言か、あるいは文書によるものか……。非常に限られた情報しか伝達できなかった。写真や動画などは存在しない。そう、現代世界のインターネットのようなものは、存在しない世界なのだ。……まぁ、一部に例外の国もあるようだが。
レストフェン大公国も、もちろん、情報伝達後進国である。それゆえに、ジョセフィーヌの耳に情報が入る早さも量も質も、極めて限定的だと言わざるを得なかった。襲撃を知らせるために、学院から走らされた早馬は、今なお、公都を目指して必死に走っているはずだ。逆に、公都が襲撃されたという情報についても、然りである。
「私が毎日、直接確認しに行くのが一番確実で早そうですね……」
「いや、別に、貴女が直接来なくても良いでしょ」
「いえ、私がいきt……ワルツ様方に粗相があれば、レストフェン大公国の一大事ですので」
ジョセフィーヌは、ワルツたちの前で、ひたすら低姿勢だった。周囲にはレストフェン大公国の政府の重鎮たちもいるにもかかわらずだ。むしろ、彼女だけではなく、その場にいた重鎮たちの殆どが、皆低姿勢だった、と言うべきか。
彼らは襲撃を受けた際、真っ先に狙われて、戦線を離脱していたのである。にもかかわらず、彼らは次の日の朝までには、全員が何の問題も無く目覚めていた。
それがどうしてなのか……。情報を集めていく中で、ミッドエデン関係者が、町中で大規模な治療行為をしていた可能性が浮かんできていたようだ。
あとは想像に難くなく……。ワルツたちが隣国からの襲撃を撃退したという証拠は無かったものの、何が起こったのかは察せられた、というわけだ。
しかし、一部には、ワルツたちの事を知らない者たちがいたらしく、どこの馬の骨とも分からない彼女たちに向かって、怪訝そうな視線を向けていたようである。
「ジョセフィーヌ様。その者たちは何者なのでしょうか?見る限り、学院の生徒にしか見えないのですg——」
「お黙り!」ビシッ
「え゛っ?!」
ジョセフィーヌの声が、会議室の中に響き渡る。それだけで、会議室の中の空気は、ピシリと凍り付いた。特に、ワルツたちの正体を知っている者たちの顔には、「なんて発言をしてくれたのだ!」と言わんばかりの表情が張り付いていたようだ。
当然、ジョセフィーヌの怒りも収まらない。彼女は、自分の国の政府高官たちが、命の恩人たるワルツたちの事を知らないことを恥じていたらしい。
「衛兵!すぐに此奴を独房に入れておきなさい!」
「「え゛っ?」」
流石のワルツも驚いて、慌ててフォローの言葉を口にする。
「え、えっと、ジョセフィーヌ?場違いなのは私たちの方だから、気にしなくても良いのよ?ほら、私たち、ただの学生だし……」
「申し訳ございません、ワルツ様。彼の者については、後ほど処分しておきます」
「いやいや、処分とかいらないし、今まで通りでいいから。絶対ダメよ?処分したら」
「はっ!」
と、相づちを打ちながらも、ワルツのことを知らなかった政府高官をギロリと睨むジョセフィーヌ。彼女が本当に政府高官を処分しないかどうかは不明である。
このままだと、自分たちのせいで死人が出かねない……。そう考えたのか、ワルツは急いで話題を変えた。
「そ、それで、今回の襲撃の犯人は分かったの?」
ワルツの問いかけに、ジョセフィーヌがキリッとした様子で返答する。
「この国から見て、いくつか小国を超えた先に、ドリニア王国という国が存在します。その国が、周辺の小国や我が国の反逆者たちと共謀して攻め入ったようです。……此度の件、重ね重ね深くお詫び申し上げます。よろしければ、我が国から出た反逆者の首を供出いたしますが?」
「ううん、全然必要無い。でも……ふーん?ドリニア王国ねぇ……。なにかを掘ってそうな名前の国ね?」
「もしや、彼の国のことをご存じでしたか?彼の国は鉱物資源が豊富で、その資源力を武器に成長した国です」
「いえ、知らなかったわ?(ふーん?資源大国ねぇ……)」
ドリニア王国が資源大国だと知ったワルツは、すこし興味が湧いたのか、自然と笑みを零した。なんということはない、ただの笑みである。決して邪悪な笑みだったり、含みのある笑みだったりしたわけではない。ごく普通の笑み。……そのはずだ。
しかし、彼女がただ微笑んだ(?)だけで、再び会議室の中が凍り付いたようである。皆、ワルツの表情を見て、直感したらしい。……ミッドエデン共和国が動く、と。




