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6後-06 再出発4

同時刻。

ガラスの壁で、外側と内側に区切られたエネルギアの医務室の中で。


その『外側』にある患者用のベッドで横になっていたカタリナは、意識が覚醒していく感覚を感じながら、ゆっくりと眼を開けた。


「(ちゃんとしたベッドでこんなに眠ったのは、いつぶりでしょうか・・・)」


まるでアンデッドか何かのように、フッ、と上体を起こした後、彼女はベッドから静かに立ち上がると、ボサボサになってしまった髪型と尻尾の寝癖を整えるために、部屋の中にあったシンクへと向かった。


ジャバババババ・・・


青い蛇口を回して出てきた水に、ぼーっとした視線を向けるカタリナ。


「(もう、慣れてしまいましたが、水を汲みに行かなくてもいいというのは、楽でいいですね)」


それから彼女は笑みを浮かべると、両手で水を救い上げて、冷たい水で顔を洗い始めた。




カタリナの朝の日課は、顔を洗うことと、尻尾の毛繕いをすることだけではない。


ピッ・・・ピッ・・・ピッ・・・


そんな心電図計からの音が規則正しく鳴り響く『内側』の部屋(集中治療室)の中にいた、未だ昏睡状態のままで目を覚まさない魔法使いの少女リアの体拭きである。


ゴシゴシ・・・


「・・・そろそろ爪切りをしないといけませんね」


リアの腕を拭いていると、彼女の爪が少々伸びてしまっていたことに気づくカタリナ。

彼女の身体を吹き終わった後で、爪切りを用意したカタリナは、


パチンッ・・・パチンッ・・・


と、小気味良いリズムで、リアの爪を切っていく。


すると、そのリズムが不意に止まった。


「・・・綺麗な手ですね・・・」


リアの手と、それを持ち上げる自分の手。

仕事柄、手を洗う回数が多かったり、地味に力仕事が多かったりするカタリナの手は、ひび割れていたり、皮膚が固くなったりして、逆剥けだらけのボロボロな手になっていた。

一方、リアの手は、歳相応の綺麗なものである。

そんな、まるで芸術品のような白く滑らかな手に、カタリナは見入ってしまったのだ。


「・・・あなたは、私みたいな酷い手になる必要はありませんよ」


返事が戻ってこない事を承知のうえで、リアの手にそっと自分の手を重ねながら呟くカタリナ。

勇者パーティーにいた頃は、自分も綺麗な手をしていたというのに、道を(たが)えてからたった半年で、これほどまでに大きな違いが出来てしまっていたのである。

その具体的な違いを目の当たりにして、カタリナは思わず感傷に浸った。


そんな時、


「おはよう、カタリナ。起きて・・・る?!」


ワルツが部屋へとやってきて、固まった・・・。


「・・・貴女、何してるの?」


リアの手を大切そうに指先で撫でているカタリナに、ワルツはどう反応していいのか分からなくなったらしい。


「おはようございます、ワルツさん。今、リアの爪を切っているところでした」


と、隣にあった机の上の爪切りに視線を向けるカタリナ。


「それにしては、爪切り持ってなかった・・・いえ、何でもないわ。他人に言えない趣味ってあるからね・・・」


何処か遠い目をしながら、呟いくワルツ。

どうやら、彼女にも、人には言えない趣味があるらしい。


そんなワルツに、カタリナはジト目を向けて・・・溜息をついてから言った。


「趣味とかではありませんよ。ユリア(指フェチ)ではないのですから。・・・リアの手を見ていたんですよ。傷一つ無くて綺麗だと思いまして・・・」


そんなカタリナの言葉に、『ふーん・・・』と意味深な相槌を口にしながら、彼女の隣の椅子に腰掛けるワルツ。

そこでワルツは、カタリナのボロボロな手の様子に気づいた。


「貴女、手が・・・」


「はい。消毒液や、薬の類、それに魔法のせいで、どうしても荒れてしまうんですよ」


「自分では直せないの?シラヌイに渡した軟膏みたいので」


「残念ながら・・・。この手の荒れは、小さなキズのせいもあるのですが、回復させ過ぎた結果でもあるんです。一度、手を切断して新しい物に移植しなおせば直せると思いますが・・・」


「何度治しても、すぐに同じことになる・・・そういうことね?」


「はい。あとは、今の仕事をやめるしかありませんね。そうすれば、10年ほどで元に戻るのではないでしょうか」


「・・・そう」


そんなカタリナに、今の医療の道を教えたワルツは、申し訳無さそうに眼を伏せた。


「それで・・・どうしたんですか?こんな朝早くに」


壁にかかっていた電子式時計に視線を向けながら、ワルツに問いかけるカタリナ。

するとワルツは、直ぐには本題を切り出さずに、逆に問いかける。


「・・・昨日は十分寝られた?」


「えぇ。久しぶりに長い時間を寝させていただきました」


「本当は、毎日、同じくらいの時間を寝なきゃダメなのよ?」


「そうですね。本当、最近、思うんですよ。1日が24時間以上あったらいいのに・・・って」


「うん。それはこの世界でも、私のいた世界でも共通して人類がもっている夢みたいなものね」


そんな話をしながら笑みを浮かべるワルツとカタリナ。


「ワルツさんのいた世界も、この世界と同じように、1日が24時間だったんですか?」


「えぇ、そうよ。時間や暦に関しては全く同じって考えてもらってもいいわね。まぁ、太陽は1個しか無くて、月もこんなに近くには見えなかったけどね」


そんなワルツの言葉に、景色を想像しながら、カタリナは口を開いた。


「なんか、異世界って感じですね」


「それね。この世界に来て、私も最初に思ったわ。でも、もう慣れちゃったけどね」


「私も、見てみたいものです」


「ま、私のシステムの修復が終われば、見れるかもしれないわよ?」


「じゃぁ、その時は是非、連れて行って下さい」


「・・・戻ってこれないかもしれないけどね・・・あ」


自分で言ってから、固まるワルツ。

その言葉の意味するところは、一度元の世界に戻ると、二度と戻ってこない・・・あるいは戻ってこれない、である。


そんな彼女の様子に・・・カタリナは、笑みを浮かべたまま答えた。


「・・・いつかはワルツさんも元の世界に戻ってしまう、それは承知していることです。・・・良いのですよ?私たちは、私たちの力で生きて行けるのですから気にせずに戻っていただいても。でも・・・ルシアちゃんくらいは連れて行っていただかないと、こちらの世界が大変なことになるかもしれませんね。私たちの力では、どう頑張ってもルシアちゃんの力を抑えることはできないので」


「ちょっ・・・。いや、分かってるわよ?一番いいのは、向こう側とこっち側を自由に行き来できればいいんだけど・・・でも、そう簡単には出来ないでしょうね。ま、戻っても暇だから、どうにか行き来するための方法を考えてもいいんだけど」


(・・・それができるなら、最初からやってるんだけどね。姉さんに相談したら簡単にできるとか・・・多分、無いわね)


そして内心で溜息を吐くワルツ。

カタリナもそれは理解しているのか、


「そうですか・・・。期待しています」


と、苦笑を浮かべながら、あまり期待していない様子で言った。


「本当?」


「・・・半分くらい」


「・・・ふっ」


言葉の(あや)とはいえ、予想以上に期待されていたことに、思わず笑みをこぼすワルツ。


それから彼女は、ようやく本題に入ることにした。


「さて。カタリナ」


「はい。なんでしょう?」


表情の変わったワルツに、身構えるカタリナ。

するとワルツは、両手を合わせて、カタリナを拝むような体勢で言った。


「ごめん!いきなりで申し訳ないんだけど、今日、一緒にボレアスに来てくれない?」


「・・・」


突然のワルツの依頼に・・・しかしカタリナは、慌てること無く言葉を返す。


「・・・リアのことは?」


「コルテックスとテンポに任せるつもり。まぁ、テンポだけでも十分だと思うけど・・・でも彼女、イマイチ信用ならないのよね」


ワルツがそんな言葉を呟くと、


バン!


『・・・聞いていましたよ?お姉さま』


医務室を半分に隔てているガラス窓の『外側』に、テンポが急に張り付いた。


「セ、センサーに反応しなかった?!」


『お姉さまのセンサーから身を隠すことなど、造作も無いこと』


「くっ・・・またハッキング・・・。しかも、センサー系を侵されるなんて・・・」


『最早、お姉さまのセキュリティーシステムは、バックドアだらけなのですよ?機動装甲もいい加減、諦めt・・・』


「ふん。馬鹿ねぇ・・・」


ワルツがそう呟いた時だった。


『んな?!』


急にテンポの身体が、ピーンと伸びたかと思うと、


『か、身体いうことを聞かな・・・』


ウィーン・・・ガシャン・・・


彼女はぎこちない動き方をしながら、医務室の外へと出て行ってしまった。


「ふん・・・テンポだけしかハッキングできないと思ってもらっちゃ困るわね・・・」


どうやらワルツが、逆にハッキングを掛けて、強制退場をさせたらしい。


そんな鼻を鳴らしながら、勝ち誇った様子のワルツに、


「・・・程々にしてくださいね?」


・・・カタリナはジト目を向けた。


「・・・はい」


少々、大人気なかったかなー、とワルツは思っていたりいなかったり・・・。


「で、どうかしら?一緒にボレアスに来てくれないかしら?ビクセンの地理とか、魔法のこととかを詳しく知ってるスペシャリストが欲しいのよ。ついでに緊急医療班もね」


「・・・仕方がないですね。戦闘になったら私がいる意味はないかもしれませんが、それでも良いですか?」


「・・・え、えぇ・・・全然構わないわ」


(涼しい顔をしながら、魔物を大量殺戮できるのに、戦えないとかどの口が・・・まぁ、いっか)


こうしてワルツは、心強い助っ人を勧誘することに成功したのである。


・・・そう、自分の不手際のせいで誘拐されてしまったイブを救うための助っ人を。

ふぅ・・・ようやく主殿の家に戻ってきたのじゃ。

実に大変な長旅じゃった・・・。

まぁ、主殿が運転する車に24時間以上揺られるよりはマシじゃがのう。


というわけでじゃ。

一通りフラグの回収をおえたので、次の話に進もうと思うのじゃ。

カタリナを連れていかどうかで悩んだのじゃが、ビクセンで同じメンバーの話が続くのは些か大変じゃから、結局連れて行く事にしたのじゃ。

・・・え?シルビアが空気?

・・・まぁ、飛ぶことしか能が無いからのう・・・。

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