14.20-43 損失43
ワルツからアーティファクトを受け取ったミネルバは、アーティファクトを大事そうに抱えたまま、そのまま医務室を後にしようとする。ところが、その直前、彼女はふと足を止めると、背中越しにワルツへと問いかけた。
「……ミレニアのことは、何も聞かないのね?」
彼女たちがいるすぐ近くのベッドの上では、ミレニアが眠っていた。眠る娘のことについて、一切何も触れずにその場を離れるというのは、親としてどうなのか……。一応、ミネルバの中にも、良心の呵責と言えるような認識が存在したようである。
対するワルツは、元々、ミレニアたちの家の問題に口出しをするつもりは無かったためか——、
「えぇ、貴女がこれ以上、ミレニアを操らないというのなら、別に文句を言うつもりは無いわ?」
——と、素っ気ない様子。
そんなワルツの言葉に副音声でも感じ取ったのか、ミネルバは「はぁ」と溜息を吐いた後で、ワルツの方を振り返った。
「親としてどうしようも無く失格だってことは分かっているから、今更、親面するつもりは無いけど、このアーティファクトって石が私の研究に役立ちそうなら、二度とミレニアを研究に巻き込むような真似はしないって約束するわ?」
ミネルバのその言葉に、ワルツは目を見開いた。彼女は驚いていたのだ。アーティファクトの対価として求めていないというのに、ミネルバの方から、ミレニアを研究に巻き込まないという発言が飛んでくるとは思っていなかったのである。
「えぇ……ミレニアにとっても、その方が良いでしょうね。アーティファクトが貴女の研究に役立つことを願っているわ?」
「へぇ?対価として求めないのね?てっきり、この石を渡す条件として求めてくるものだと思っていたけれど?」
ミネルバの方も、特に条件を付けることなくアーティファクトを渡してきたワルツのことを、意外に思っていたらしい。ワルツがミレニアに目を掛けていることはミネルバも知っていた。ゆえにミネルバは、ワルツはミレニアの身の安全をアーティファクトの対価として求めてくるものだと考えていたのだ。
にも関わらず、ワルツが対価を求めなかったのはなぜか。
「確かに、ミレニアの主権を害してまで研究を優先するのは良いとは言えないけれど、昨日と今日の無茶を除けば、そんな感じも無いし……。わざわざ忠告しなくたって良いんじゃないか、って思っただけよ?」
ミネルバの研究の進め方についてある程度の理解があるのか、あるいはあまり付き合いたいタイプの人間ではないのでさっさと帰って欲しいだけなのか……。ワルツの話を聞く限りでは、彼女の考えを読み取る事は出来ないが、ミネルバはワルツを前者だと考えたようである。むしろ、後者の考え方をしているという可能性は、微塵も考えていなかったようだ。
「ふふーん。あなた、魔力はまったく無いみたいだけれど、見所はありそうね。そう……ワルツって言うのね。覚えておくわ」
そう言ってミネルバはその場を去って行った。
そして、その場に取り残されたワルツは、静かに頭を抱える。
「……はぁ……名前を覚えられたわ……」げっそり
とはいえ、いつまでも悄げているわけにもいかず、ワルツはすぐにポテンティアへと指示を出す。ミネルバに渡したアーティファクトは、紛れもない危険物なのである。もしもの事態に備えて、先に手を打っておくべきだと考えたのだ。
「ポテンティア」
『はい?』
姿を見せないまま、ポテンティアが返答する。声は、ミレニアが眠るベッドの裏の辺りから返ってきた。しかし、ワルツは気にしない。いちいち気にしていたら、神出鬼没なポテンティアと付き合うことは不可能だからだ。
「ミネルバのことを監視できる?あー、2つの意味での監視ね?これ以上、ミレニアのことを操る事が無いか、ってことと、アーティファクトを乱暴に扱わないか、ってことの2つ」
『善処しますが、ミネルバ先生は、僕らの魂が見えるようで、近付くのは難しそうです。いっその事、一緒に研究してしまいましょうか?』
「まぁ、貴方にそのリソースが残っているなら構わないけれど……もしかして、元の身体を取り戻したかったりするの?」
ポテンティアたちは、ワルツたちの実験の被害に遭い、そして処分され、紆余曲折あってマイクロマシンに取り憑いた実験用マギマウスの亡霊である。ワルツはそのことを知っていたためか、彼らが生き返りたいのだろうかと考えてしまったようである。
しかし、ポテンティアは否定した。
『いえ、僕らは今の姿で結構です。好きな姿になれますし、人では得る事が出来ない力もあります。それ以前に、僕らには生きていた頃の記憶がほとんど無いのですよ。ただ、人に憧れていたような……そんな記憶しか残っていません』
「そう……。じゃぁ、あとは任せるわ。離れた場所からミネルバを監視するのでも良いし、一緒に研究するのでも良いし……」
『承知しました』
「(……まったく。人のことを言える立場に無いのよね。私って……)」
ポテンティアの気配が消えた後。丸椅子に座って、ミレニアの顔を覗き込んでいたワルツは、自嘲気味に笑みを浮かべるのであった。
興味や衝動。それを縛る法律や倫理。
研究者に付きまとうジレンマなのじゃ。




