14.20-42 損失42
「死んだ人間を生き返す……?」
ワルツは耳を疑った。ミネルバが非常識な事を言っていることは明らかだったからだ。
しかし、彼女はすぐに考え直した。"死んだ"という言葉にも、度合いがあることに気付いたのだ。死んで——いや生命活動を停止してから間もなくなのか、ある程度時間が経ってからなのか、完全に白骨化した後なのか……。それぞれの段階で、蘇生という言葉は、異なる意味を持つのである。
例えば、心肺停止に陥った直後であれば、現代医学なら、状況によっては生き返すことも不可能ではないだろう。しかし、それ以降となれば、話は別。現代医学を以てしても、完全に死んだ人間を生き返すことは不可能だった。
ゆえに、誤解の無いように、ワルツは確認する。
「それは……朽ちたり、白骨化したりした死人を、生き返させるって言ってる?」
この時の彼女は、ミネルバへの苦手意識を忘れて、純粋な好奇心から問いかけていたようだ。
対するミネルバは、ワルツが聞いていない内容まで話し始める。
「身体の一部さえ残っていれば、理論上は生き返せるわ?たとえそれが、骨の欠片だったとしてもね。死霊術で冥界から故人の魂を降臨させて、ダミーの身体に受肉させる……っていうのは、死霊術士なら誰でも出来るんだけど、問題はそこから先。魂を偽りの身体に受肉させても、所詮は偽りの身体でしかないから、拒否制限が起こるのよ。ようするに、降臨させてからの時間制限があるってこと。普通の死霊術士って、魂の降臨のことしか考えていなくて、肉体復活のことをまったく考慮していないのよ。私はそこに目を付けて、肉体を先に復活させて、それから魂を降臨させる術式を考えたの。だけど、肉体の復活と、魂の降臨を同時に行わなければならないから、大規模魔法になっちゃって、魔力が全然足りないのよ。だから、膨大な魔力が溜められるタンクが欲しいの。魔力の発生源となる肉体まで欲しいとは言わないわ?」
「な、なるほど……」
ミネルバの言葉を何となく理解したワルツは、ミネルバの言葉の中でも、特に死霊術という単語に興味を持ったようだ。魂とは科学で定義できないもの。ゆえに、魔法では魂というものをどう定義しているのか、疑問に思ったのである。
とはいえ、ミネルバの発言の中に"普通の死霊術士"という単語が出てきた手前、常識と思しき内容を今ここで、わざわざ話を脱線させてまで質問するというのもどうかと思ったのか……。ワルツは質問の方向を変えた。
「アーティファクトを渡したとして、それで他人に迷惑が出る可能性は?」
ミネルバが夫を蘇らせようとしているという話は、ポテンティアから聞いていた。ゆえにワルツは、ミネルバの行動を止めようとは思わなかったようだ。とはいえ、誰かに迷惑が掛かるというのなら話は別。今回、アーティファクトを渡すか検討しているのも、ミレニアが実験に巻き込まれないよう配慮した結果だからだ。
対するミネルバは、ワルツの問いかけにほぼ即答で返答する。
「ないない。ありえないわ?私の理論は完璧だもの。なんだったら、学院から遠く離れた森の中で実験するわ?」
「……じゃぁ、それで。ここで事故を起こされると、あまりに多くの人を巻き込むから……」
と言いながら、ワルツはどこからともなく、アーティファクトを1つ取り出した。手のひらサイズの細長い半透明の物体だ。硫酸銅の結晶に近い見た目だと言えるかも知れない。
しかし、魔力を感じ取ることの出来るミネルバには、まったく違う物に見えたようだ。
「魔石?いえ、魔力の結晶?何それ……複雑に畳込まれている?知らない……そんな物質……」
ミネルバは無意識のうちに、アーティファクトへと手を伸ばそうとした。しかし、彼女の手がアーティファクトに触れる直前、ワルツがスッと手を引く。
「渡すのは構わないわ?だけど一つだけ、約束して。これを乱暴に扱ったり、落としたりすると、トンデモないことになるわ?貴女には見えているのでしょう?この中に莫大な魔力がため込まれている様子が。取り扱いには細心の注意を払うこと。良いわね?」
そう言った後で、ワルツはアーティファクトをミネルバへと差し出した。
そんな彼女の忠告のせいか、手を伸ばしていたミネルバの表情は大分硬くなっていた。超圧縮された魔力の結晶体は、言い換えれば、爆弾のようなもの。しかも、文献ですら見たことが無い物質なのだ。取り扱いに慎重になるというのは当然の事だった。
「……触っても大丈夫なのよね?」
ミネルバは、大分を通り越して、かなり慎重になっていた。莫大な魔力を手のひらサイズの結晶内に封じ込めるために、どれほどの無茶をしているのか、直感的に感じ取っていたらしい。まさに腫れ物に触れる、といった雰囲気だ。
「えぇ、どうぞ。でも、さっきも言ったとおり、扱いには注意して。当然だけど、絶対に落としちゃダメよ?割ったりするのはもちろんのこと、ぶつけて欠けたりさせてもダメ。脅しとかじゃないからね?それだけ危険なものだから」
「…………」
ワルツの忠告を聞いたミネルバは、しばらく悩んだ後で、ようやくアーティファクトを手に取った。そんなアーティファクトを覗き込む彼女の目は、キラキラと輝いているものの、身体の動きはぎこちなく……。興味と緊張が入り交じったような、そんな反応を見せていたようだ。




