14.20-37 損失37
巨大なポテンティアの艦首部分に見下ろされたミレニアもといミネルバは、ポテンティアを見上げて一時は唖然とするものの——、
「そんなの、やってみなきゃ分かんないじゃない!」
ドゴォォォォン!!
——すぐに我を取り戻して、ポテンティアの手の中から逃れようとする。ポテンティアの巨大な手に掴まれたまま、氷の魔法を全身に纏ったのだ。
それによってポテンティアがダメージを負うことはないが、それでも彼は慌てた。操られているミレニアの身体が凍り付くと思ったのだ。
実際、彼女の服は氷漬けになり、白い霜が付着していた。その内側の肌がどうなっているか確認する事はできないが、凍傷になっている可能性は否定できなかった。
ゆえに、ミレニアを拘束していたポテンティアの指が緩む。そうしなければ、ミレニアの身体が耐えられない、とポテンティアは考えたのだ。結果、ミレニアはポテンティアの手の中から抜け出すことに成功する。
とはいえ、彼には何もできなかったわけではない。
『……ワルツ様』
文字通り自分の手に余るミレニアのことを、ワルツに任せることにしたのだ。
その直後。
ブゥン……
まるで転移魔法でも使ったかのように、ワルツがミレニアの背後に現れ——、
バチッ!
「がっ?!」
「おやすみ」
——再びミレニアに電気を流す。その瞬間、ミレニアの身体は弓なりに仰け反り、そのまま彼女はくりと項垂れた。
その様子を見届けたワルツは、何を思ったのか、またブゥンという音を立てながら、木陰に隠れてしまった。そのあまりの速さに、ポテンティアの上から様子を眺めていたジャックですら、眼が追いつかなかったらしく——、
「んん?今、誰かが……」
——自身の目を疑っていたようだ。
それからポテンティアは、再びミレニアのことを拘束する。そして船体をバラバラに霧散させ、周囲に作り出していた壁も無くし、元通りの森に戻した。周囲にあった壁は、ミレニアの逃走を防ぐためだけのものではなく、学院から見ているだろう生徒たちの目からポテンティアの船体を隠すためにも使われていたようだ。
『共に歩める未来もあったはずなのですが……』
人の姿だけになったポテンティアは、ミレニアの身体を抱き上げながら、残念そうに呟いた。今のままではミレニアの母であるミネルバと衝突するのは必至。もっと他の選択肢があったのではないか、と考えてしまうのも仕方のない事だった。
『しかし、困ったことになりました。彼女のことを下手に起こすことが出来なくなりましたね……』
ポテンティアはどこに向けるでもなくポツリと呟いた。するとようやくワルツが木陰から現れる。
「あら、ポテンティアとジャック?こんなところで奇遇ね?」
『それは少しばかり、白々しさが過ぎるのでは?』
「……いや、無関係を装いたくて」
まったく、この人は何を考えているのか……。そんな事を考えたポテンティアがハァと深く溜息を吐いていると、今度は逆の方から声が飛んできた。
「ポ、ポテ……お前……」
ジャックの声だ。どうやら彼は、ポテンティアの正体を知って、驚いているらしい。むしろ、ミレニアのこともあって、頭が混乱していると表現するのが正確かも知れない。
そんなジャックに対し、ポテンティアは言った。
『ここで起こった事はすべて内緒ですよ?ジャックさんには、知っておいて欲しかったのです。ミレニアさんがどんな状態にあるのか、そして僕が何者なのかを……』
対するジャックは、ただ静かに、コクコクと頷くことしか出来なかったようである。今の彼は、頭の処理能力が間に合っておらず、目の前で起こった出来事を理解するのに時間が掛かりそうな様子だ。
そんなジャックとミレニアを連れて、ポテンティアとワルツは学院へと戻ったのであった。




