14.20-36 損失36
一旦は凍り付いた空気だったが、すぐに溶けて再び動き出す。最初に口を開いたのは、ミレニア(?)の方だった。
「本当はもっと穏便に対応したかったんだけど、バレちゃったというのなら仕方ないわね……。教室まで辿り着けば良いだけだし、プランを変更しましょう」
そんな彼女に対応して、ポテンティアが口を開く。
『いえ、申し訳ないのですが、ここから先にお通しするわけではいきません』
その瞬間——、
ドゴゴゴゴゴ……!!
——森が蠢いた。比喩ではない。文字通り、物理的に、森が蠢いたのだ。
黒い壁のようなものが、地面を突き破って、ポテンティアたちがいた場所をグルリと囲む。その様子は、さながら城壁。あるいは、コロシアムのようだと表現出来るかも知れない。
「!」
「なんだ……これ……」
『いつまでも隠し通すわけにもいきませんから、ここで少し僕の能力をご紹介しましょう』
ドガッ!!
「かはっ?!」
「?!」
不意に地面から突き出した巨大な腕が、ミレニアのことを握り締める。握り潰すほど強くなく、かといって逃げられるほど弱くもない微妙な握力だ。
その腕や壁を見たミレニア(?)は、眼を丸くして、ポツリと零す。
「さっきの……ネズミ!」
『やはり、ミレニアさんを操っているのは、ミネルバ先生でしたか。あ、ジャックさん。このことはオフレコで』
「お、おふ……?」
『他言無用ってことです』
ポテンティアはそう言うと、内心で後悔でもしていたのか小さく溜息を吐いた後、ミレニアを操っているだろうミネルバへと問いかける。
『さて……ミネルバ先生。そろそろお聞かせ願えませんか?ミレニアさんを操って、何がしたいのか……。内容によっては、ご協力できるかも知れませんよ?』
「…………」
ミレニアを操っていたミネルバは考え込んだ。彼女はミレニアを操って、何かしらの目的を達成したいのだというのだ。即答せず、考え込むということは、ミレニアを操らなくとも出来る事がある、ということの左証なのだろう。
それからしばらく考え込んだ後、ミネルバはこう言った。
「私が欲しいのは莫大な魔力。この世界を歪ませてしまうほどの莫大で強大で高密度な魔力が欲しいの。それがあれば、あの人を……」
『(……なるほど。目的はルシアちゃんの魔力ですか)』
「でも、母さんがそれを許さなかった。あの人だって同じ事をしようとして、私の身体を弄ったというのに、私には同じ事をしてはいけないなんて……」
『……大体事情は把握できました。魔力面の協力は可能だと思いますが……このままルシアちゃんから無理矢理魔力を抜き出すというのは不可能ですね』
「不可能?そんなこと、やってみなければ——」
『いえ、不可能なことは不可能なのです。なにより、そんなことをしてしまえば、あなたの目的は達成できなくなるのは明らかです。あなたも研究者なら、もっと可能性のある有意義な手段を考えるべきだと思いますよ?』
ポテンティアがそう口にした瞬間、彼とジャックの足下が盛り上がって、黒い球面のようなものが現れる。ソレは、ポテンティアとジャックを30mほどの高さまで持ち上げると、足下にいたミレニア(ミネルバ)のことを見下ろして……。そして言った。
『たとえ僕が本気を出したとしても、彼女たちには指一本触れる事は出来ないでしょう。その前に、大陸ごとか、あるいは星ごとか……赤子の手をひねる寄りも簡単に消されるはずです』
ソレから聞こえてきた声は、ポテンティアと同じ声だった。しかし、ソレの頭頂部(?)にいる人の形をしたポテンティアは、一言も話さない。この時の彼は、まるで人形のよう。むしろ、彼の本体こそが、その足下にある黒い巨躯かのようだった。
『お初にお目に掛かります。ミネルバ先生。それにジャックさん。僕の名前はエネルギア級二番艦、空中戦艦ポテンティア。名前が長いので、単にポテンティア、あるいはポテとお呼び下さい』
巨大な黒い物体から発せられたその言葉に、その場の空気が再び固まった。
うーむ……。
なんかポテ公は、かなり頻繁に自己紹介をしておる気がするのじゃ。
ジャック殿とミレニア殿には、まだしていなかったがの。




