14.20-34 損失34
ミレニアが浮かべた奇妙な笑みに、ワルツは警戒する。普段のミレニアは、口が裂けるほどにニヤリと笑みを浮かべることはないからだ。
しかし、それも一瞬の事。ミレニアからスッと表情が抜けると、彼女はこんなことを口にした。
「あれ?私は何でこんな所に……うわっ?!」
次の瞬間、ミレニアは重力に逆らえず、そのまま地上に落下していきそうになる。
しかし、地表に落ちる直前、ワルツがミレニアの事を支えた。ただし、少し離れた場所から重力制御システムを使って。その上で、ワルツはミレニアの死角に回り込んで、気配を消す。距離はおよそ5m。キョロキョロと周囲を見渡すミレニアに見つからないように、その首や眼の動きに合わせて、瞬時に位置を変えながら、彼女の事を観察する。人間には不可能な動きだ。もはや、挙動不審というレベルの動きではない。
「(さて……貴女は誰なのかしら?)」
ワルツはミレニアの意識が戻ったとは考えていなかった。今のミレニアは、誰かに操られている状態の可能性が高く、安易に近寄らない方が良いと考えていたのだ。
対するミレニア(?)の方は、戦闘によって荒れ果てた森の中に1人取り残され、途方に暮れているように見えていた。不安げに周囲を見渡したり、足下を瓦礫に取られて転んだり、泣きそうな表情を浮かべたり……。何も知らない者たちが見たなら、普段のミレニアに戻ったのだと考え、彼女へと駆け寄っていたに違いない。尤も、今のミレニア(?)が、駆け寄ってきた人物を害する理由はどこにも無いので、駆け寄っても問題は無いはずだが。
「どうしてこんなことに……」
「(いや、こっちが聞きたいわよ……)」
ミレニア(?)の呟きを真後ろで聞きながら、ワルツはジッとミレニアを観察し続けた。
「(このまま尻尾を出すまで根比べかしら?それとも、本物のミレニアに戻った?いえ、あり得ないわね……)」
ワルツには、ミレニアが元に戻った、という確証が持てなかった。脳波が睡眠状態にあったことも然る事ながら、普段のミレニアがどんな人物なのか、ワルツはあまり興味を持って観察していなかったために、今のミレニアの振る舞いを見ても、普段の彼女なのかどうか判断できなかったのである。自分の興味のあること以外に目を向けようとしない、研究者あるあるだ。
「(……まぁ、学院は見えるところにあるし、近くに魔物がいるわけでもないし、それに怪我をしているわけでもないから、しばらくは観察でいっか……)」
まるで背後霊のようにして、ワルツはミレニアの死角に居続けた。
すると間もなくして、学院の方から声が聞こえてくる。
「ミレニア!」
ミレニアの幼なじみのジャックだ。彼は今頃、特別教室で待機していなければならないはずだが、窓の外をミレニアとワルツが空を飛んでいき、森の上でドンパチとやっている内に、いてもたってもいられなくなったらしい。
そんなジャックの姿を見て、ワルツは思う。
「(貴方のその行動……どっちかって言うと、主人公側の行動じゃなくて、事件に巻き込まれるヒロイン側の行動なのだけど……)」
主人公たちが争う場に現れたヒロインが、事件や戦闘に巻き込まれて命を落とす……。ワルツはそんな物語を思い出したらしい。
彼女は、ジャックとミレニアから見えない場所に姿を隠して、2人のやり取りを観察することにしたようだ。すると、もう1人、物語(?)の登場人物が現れる。
『……行ってはなりません。ジャックさん』
ポテンティアである。彼は、ジャックとミレニアの間に立つと、チラッとワルツが隠れている場所を呆れたように一瞥してから、再びジャックへと話しかけた。
『まだ、戦闘は継続中です』
「えっ……」
『ワルツ様が姿をお見せにならないのが、その証拠です』
その言葉にジャックは眼を見開くと、警戒を強めた。
「お前……ミレニア……だよな?」
ジャックはその場で立ち止まりながら、ミレニアに向かって問いかけた。彼は気付いたのだ。……ミレニアとワルツは戦闘状態にあって、2人で一緒に飛んでいったはず。にも関わらず、ワルツの姿はなく、ミレニアの姿だけがそこにあるのはおかしい、と。本来なら、一緒に森の中から出てくるのが自然なのではないか、と……。
対するミレニアは、不思議そうな表情を浮かべて、こう返答する。
「何を言ってるの?ジャック。私は、私よ?」
「……なぁ、ポテ」
そしてジャックは問いかけた。
「やっぱりおかしいよな?」
やはり、ジャックから見ても、目の前の人物は、普段会っているミレニアとは別人のように感じられたようだ。




