14.20-33 損失33
人の認識速度どころか、生物の神経の伝達速度を超えて、ワルツはミレニアの懐に飛び込んだ。そこには結界魔法が張られており、ワルツの接触を拒もうとする。
しかし、結界魔法とはいえ、無敵というわけではない。強い力を与えれば、砕け散るのだ。
結界魔法とは例えるなら、分厚いガラスのようなものだ。本物のガラスと異なるのは、割れた破片が飛び散らないことや、急加熱や急冷却で割れないことくらい。それ以外の特徴は、ガラスと非常に似通っていた。
問題は、結界魔法にどのくらいの力を掛ければ良いかという点だ。戦車の砲弾のように大きすぎる力を加えれば、結界魔法はたちまちに破れ、ミレニアに攻撃が当たってしまう事だろう。逆に、結界魔法に止められてしまえば、ミレニアに隙を見せるのと同義。
ゆえにワルツは細心の注意を払いながら、まるで針に糸を通すようにして、指先でミレニアの結界魔法に触れた。それも、戦車の砲弾など比べものにならないほどの大きな力で。
なぜそのような危険な事がワルツに出来たのか。敢えて言うまでもない事かもしれないが、彼女が人ではないワルツだから、である。
ズドォォォォン!!
バシャァァァン!!
ワルツの指がミレニアの結界魔法を弾いた瞬間、激しい轟音と何か硬いものが粉々になるような音が同時に響き渡る。ミレニアの結界魔法が破壊されたのだ。
だからといって、ミレニアの身体も吹き飛んだかと言えば、そうはならず……。発生した衝撃波、反動、熱など物理現象は、ワルツの重力制御システムによって完全に抑え込まれた。ワルツがミレニアの結界魔法を消し飛ばし、衝撃波を消すまでの時間は、およそ1ミリ秒。生物の脊椎反射すら起こらない極めて短い時間の出来事だった。
それでもワルツの行動は止まらない。次に彼女は、ミレニアの身体に触れる。それも一瞬の出来事だが、ワルツの手がミレニアの身体を傷付ける事は無い。そしてワルツは——、
バチンッ!!
——ミレニアの身体に一瞬だけ電流を流した。ミレニアのことを気絶させようとしたのだ。ミレニアは改造されている(?)とはいえ、元は人間。電流に耐性があるとは考えにくかった。
実際、ミレニアは、一瞬だけビクリと身体を仰け反らせると、悲鳴も上げずにそのままガックリと項垂れ、意識を失ってしまう。
「これで終わりなら良いのだけれど……。でも、根本的な原因は解決してないのよね……」
意識を失ったミレニアのことを空中で抱き上げた後、ワルツはミレニアの容態を確認する。結果は特に問題なし。ただ気を失っているようだった。
とはいえ、ミレニアが目を覚ましたとき、同じ事にならないとは言えなかったので、ワルツは眉を顰めたようだ。
「(誰か、彼女の事を診て分かる人、いるかしら……?)」
ワルツは、自分の関係者の中に、今のミレニアの状態について詳しく調べられる人物がいないかと考えた。
「(カタリナは……医学には精通しているけど、精神制御とかにはあまり詳しく無さそうよね。コルテックスは……なんか畑違いな気がするし。となると——)」
そして決める。
「マグネアしかいないわね」
ミレニアの祖母であるマグネアなら、何か知っているはず……。そう考えたワルツは、ミレニアを連れて学院へと戻ろうとした。
しかし——、
「っ?!」
——ワルツは慌ててミレニアを突き飛ばす。何か直感的なもの。異様な何かを感じ取ったらしい。
突き飛ばされたミレニアは、重力に引き寄せられて、森へと落ちていくかのように見えていた。ところが彼女の身体はフワリと宙で止まると——、
「…………」ゆらぁ
——ゆっくりと首を持ち上げた。
「嘘でしょ?!早すぎよ……」
気絶させたはずのミレニアが、意識を失ってから、ほんの数十秒で眼を覚ましたのだ。ワルツが脳波を確認する限り、彼女は間違いなく深い眠りの状態にあったにも関わらず、だ。
それはありえない事だった。今のミレニアは、脳が眠っているというのに、眼を覚ましている、という矛盾した状態にあるからだ。
「……いえ、むしろ、ミレニアは眠っている状態で操られている?」
一体何が起こっているのか……。ワルツが怪訝そうにミレニアを見つめていると、ミレニアは——、
「…………フフッ」ニヤァ
——と怪しげに笑みを浮かべた。
持っていきたい展開があるのじゃが、なかなかそちらに向かわぬのじゃ……。




