14.20-32 損失32
ワルツに吹き飛ばされたミレニアは、放物線を描いて、森の中へと落下しそうになる。しかし、その直前で、彼女は自ら浮き上がり、落下という物理現象に抗った。
そこへ、後ろから追いかけてきていたワルツが、突っ込んでいく。
ズドォォォォン!!
ミレニアはワルツに体当たりを受ける。ワルツとしては、ミレニアの急所を狙って攻撃し、彼女の意識を刈り取りたかったらしい。もちろん、手加減した攻撃だ。
ところが、話はそう簡単にはいかない。ミレニアが結界魔法を展開して、ワルツの攻撃に抗ったのだ。結果、ミレニアの鳩尾を狙ったワルツの攻撃は、空中でピタリと止まることになる。
「(人間の反応速度じゃないわね……これ)」
今のミレニアほど強い人間ばかりなら、この大陸の人々は魔物に怯えて生活する必要は無いはず……。そんなことを考えたワルツは、ある結論に達した。
「(改造人間?魔法的に強化されたのね……。強化されたのは魔力と処理能力だけで、身体はそのまま、って感じかしら?)」
ミレニアの家庭の黒さを薄々感じ取っていたワルツは、そんな確信を得た後で「ふっ」と自嘲気味に笑みを零す。自分たちも人のことを言えないことに気付いたらしい。
それから彼女は、ミレニアの顔をじっくりと覗き込んだ。ミレニアの表情は無表情。感情らしき色は一切無い。
「(操られている?いえ、それにしては反応が早すぎるわ。だからといって自発的な行動じゃない……。ってことは、人工的に植え付けられた自動防衛機構?)」
ミレニアの結界魔法を突破するため、空中に転移魔法陣を展開しながら、ワルツは思考する。ワルツがミレニアへの攻撃に失敗してから、ここまで0.5秒。たとえミレニアが改造された人間だったとしても、到底、追いつけない早さの思考だ。
そしてもう0.2秒後には、転移魔法陣が完成する。それも普通の転移魔法陣ではなく、特別製の魔法陣だ。そこへと向かって、ワルツは腕を伸ばした。第三者が今のワルツの行動を見ていたなら、転移魔法陣を殴りつけたように見えていたことだろう。
もちろん、彼女の腕は、魔法陣を破壊することを目的として伸ばされたわけではない。彼女の腕は魔法陣に当たる直前、そのまま魔法陣の中へと吸い込まれたのだ。
その瞬間——、
ドゴォッ!
——ミレニアの身体がくの字に折れ曲がる。ワルツの腕が、ミレニアの結界魔法を越えて現れ、ミレニアの鳩尾に触れたのである。
それはワルツの考えたとおりの結果だった。だが、彼女の表情は険しい。魔法陣を越えること自体は想定通りだったが、その後の出来事が想定外だったのだ。
理由は単純。ミレニアがすんでのところで、ワルツの腕を避けたのである。より具体的には、ワルツがミレニアの鳩尾の直前で腕を止めたのと同じくして、ミレニアも身体をくの字に折り曲げることで、ワルツの腕を避けたのだ。
ミレニアの反応はそれだけに留まらない。
ドゴォォォォン!!
ワルツから距離を取ろうとして、自分の身体を爆風で吹き飛ばしたのである。結界魔法によって爆風の方向は制御され、まるでロケットエンジンが火を吹くかのように、ワルツに青白い火炎が襲い掛かる。
が、そこはワルツ。何が起こっても良いようにと思考を加速させていた事もあり、彼女は難なく爆風を逃れることに成功する。
ただ、周囲の森は大惨事になっていた。爆風や火炎で森が吹き飛んだり、焼け野原になったり……。
「(学院から距離を取っておいて良かった……)」
もしも学院近くで戦闘していたなら、人的被害が出るのは確実。最悪の事態を想像して、ワルツは肝を冷やした。
それからすぐ、ワルツは思考を切り替える。
「(ポテンティアも言っていたけれど、無理に近付いたら、ミレニアは自傷に近い形で防御するのでしょうね……。意識の無い自動防衛っていうのが厄介だわ……)」
人間業とは思えないほどの速度で反応するミレニアを前に、ワルツは悩んだ。現状の状態は、間違いなくミレニアの身体に負担を掛けている状態。戦闘が長引けば、ミレニアの身体が耐えきれなくなり、自壊するのは想像に難くない……。だからといって、ミレニアを傷付けて彼女を無理矢理に止めるしか選択肢はないのか……。
「(……四の五の言っていられるような余裕はないわね)」
悩んでいたワルツは覚悟を決めた。時間を掛けてダメだというのなら、選択肢は一つしか無いのだから。
「(ごめん、ミレニア!)」
ワルツは心の中で謝ってから、一気に加速した。




