14.20-28 損失28
『——貴殿はこの世の理に逆らおうとした』
ポテンティアの分体の1体が、何を思ったのか、普段とは異なる口調でミネルバへと返答を始める。
対するミネルバは、妙に重々しい問いかけが飛んできたことで、顔に警戒の色を浮かべた。
「この世の理……ですって?」
『知れたこと。貴殿はこの娘を使って——(えっと、何て言えば良いですかね?)
『(禁忌、とかどうですか?)』
『(あ、それ採用です)禁忌を犯そうとしていたではないか?』
ポテンティアたちは、役を演じながら、ミネルバへと問いかけた。ここでの彼らが演じるのは、何か"上位"の存在。例えるなら、神の模倣だった。そうすることで、ミネルバの足止めをしながら、この場でやろうとしていたことを聞き出せるのではないかと考えたのだ。そして、可能なら、彼女の実験(?)を止めさせられれば良い……。そんな作戦を立てたようだ。
ポテンティアから問いかけられたミネルバは、最初こそ警戒していたものの——、
「私のしていたことが禁忌?……アハハハハ!」
——と、なぜか急に笑い始める。その見た目、笑い方は、まさしくマッドサイエンティスト。そんなミネルバを前に、逆にポテンティアたちが警戒を強める。
『何がおかしい?』
「ハハハ!……はぁ……いえ、内輪の話よ。私のやっていることが理から外れた禁忌だとすれば、母がやったことは何なのか、と思ってね。母は罰せられず、私だけが罰せられるというのは、滑稽以外の何者でもないもの。そうは思わない?」
『(なるほど……。マグネア先生の時代から、何か"禁忌"と言えるようなことをされていたのですね)』
『(しかし、何をしていたのか……)』
『(このままロールプレイを貫くのでしたら、マグネア先生が"何をしたのか"などとは聞けませんよ?上位の存在は、何事もお見通し……のはずですから)』
『(だからといって、いつまでも無言ではいられないですけれどね。会話のボールは僕らが持っているわけですから)』
ポテンティアたちは皆で考え込んだ。始まりは1体の分体の発言だったものの、すぐに一丸となって、皆で対応を協議した。
その結果は——、
『だから何だと言うのだ?』
——上位の存在がいるとすれば、それはきっと理不尽な思考を持っているはず……。ミネルバの言い訳など撥ね除けるはずだ、というのがポテンティアの考えだった。それ以外にも、会話の流れを彼女に取られたくないという思いもあったようだ。
ポテンティアたちの作戦は、一応、彼らの想定通りに進んだようである。しかし、彼らの作戦には、致命的な穴が存在した。
「なら教えて頂戴。母と私とで何が違うのか。なぜ私だけ、理に背いたと弾糾されなければならないのか。納得できる理由を教えて欲しわ?」
『(研究者らしく、痛いところを突いてきましたね)』
『(研究者じゃなくても、皆さん、同じ事を考えるのでは?)』
『(まともに議論をするには、彼女たちの背景を正確に理解する必要がありそうです)』
『(では、八方塞がり?)』
『(えぇ、この話はここまでです。幸い、撤退の準備が整ったとの連絡が入りました。我々も撤退して問題は無いでしょう)』
殿として残っていたポテンティアの分体たちの役割は、ミレニアやマグネアたちが建物の外に逃げられるよう、時間を稼ぐことだ。彼らとミネルバが会話している間にも、先に撤退したポテンティアたちがミレニアたちの事を運んでいたのだ。そして今し方、無事にミレニアたちのことを建物の外に移動させられたらしい。
ゆえに、ミネルバと会話をしていたポテンティアは、こう答えた。……ただし、普段通りの口調で。
『……単純な話です。僕らが見ていたか、そうではなかったか。それだけの違いですよ』
その瞬間、部屋の中のすべてが変わる。部屋の壁に擬態していた何かが崩れ落ち、地面に横たわっていたマグネアも溶けるようになくなり、タンクの中にいたミレニアの姿も液体に溶けるようにしていなくなった。
すべてが幻のように消えてなくなり、部屋の中に取り残されたのは、ミネルバ1人だけ。結果、彼女はしばらくの間、その場で立ちすくむしか出来なかったようである。
……ただし、研究のすべてを奪われた彼女が、自暴自棄になるようなことはなかったようだが。
今年が終わったのじゃ。
……そして来年が始まるのじゃ。




