14.20-24 損失24
『(どういう状況にあるのでしょう?)』
『(やはりこれは、アレ、ではないですか?)』
『(殺人事件……!)』
『(いえ、マグネア先生もミレニアさんも生きているようです)』
扉の隙間から地下室の内部に滑り込んだポテンティアは、再び分体に別れ、壁や天井、または床に染みこむシミのような姿へと変わった。幸い、部屋の中には、汚れを見つけて掃除を始めるメイドゴーレムたちの姿は無く、薄暗い部屋の闇に溶け込めば、ミネルバには見つかることはなさそうだった。
ミネルバたちの行動を観察していたポテンティアは、少しずつ場所を変えて、ミレニアたちがいる場所へと近付いていく。
『(ハイテクノロジーですよねー)』
『(ミレニアさんが浮かぶ透明なタンクのことですか?)』
『(あれだけ大きく透明なタンクを作るのは、この国の技術では不可能でしょう)』
『(実は結界魔法か何かで作られた魔法のタンクなのでは?)』
『『『(なるほど……)』』』
ミレニアが入れられていたタンクは、ガラス製の透明なタンクのように見えていた。しかし、ガラス製の巨大なタンクを作るというのは、本来、極めて難しく、レストフェン大公国や周辺諸国、あるいはミッドエデンの技術を以てしても、実現出来るか怪しいほどのテクノロジーだった。もちろん、アクリルなどの樹脂製ではない。
ガラスの製造技術についてある程度の理解があったポテンティアたちには、ミネルバが操作する複雑そうな魔道具などよりも、タンクの製造技術の方に興味を惹かれたようだ。魔道具の技術については、ワルツやコルテックスが習熟しつつあり、多少複雑な魔道具程度では、興味は惹かれなかったらしい。
そんな見た目の技術の他にも、ポテンティアたちは部屋の観察を進めていく。
『(タンクに繋がる配管も、どうやって作ったのか気になるところですね)』
『(樹脂やゴムといった化学製品の無い国ですから、やはり魔物の腸とか革とかを使っているのでは?)』
『(ファンタジー……いや錬金術ですかね?)』
『(しかし、あの液体は何なのでしょうか?そもそも、ミネルバ先生は何をされているのでしょうか?)』
タンクには無数の配管が接続されており、タンク内部の液体を循環させているようだった。単一の種類の液体を循環させているのではなく、様々な種類の薬品を循環させているのだろう。
配管は、それぞれ、部屋の中にあった複数の釜や別のタンクのようなものに接続されており、ポンプと思しき魔道具が、ブンブンと音を立てて、液体を循環させているようだった。その釜やタンクの中に何があるのかは不明だ。流石のポテンティアも、中まで侵入して詳細を調べる気にはなれなかったらしい。
『(まぁ、取りあえず、あのタンクの中からミレニアさんを救い出しましょうか?)』
『(治療をしている……というわけではなさそうですからね)』
『(しかし、いきなり取り出しても大丈夫なのでしょうか?装置が不安定になって爆発したり、ミレニアさんが危篤状態に陥るなどということは?)』
『(爆発はどうか分かりませんが、ミレニアさんが危篤状態になることは無いでしょう。外からバイタルを確認する限り、異常は認められません。あるいは、この施術が終わるまで放っておくか……)』
どうしようか、とポテンティアたちが無線通信をしていると——、
「ん?!誰?!」
——ミネルバが急に後ろを振り向く。
『(おや?僕らの存在がバレてしまったようですね?)』
『(いえ、しかし、彼女が向いている方向に僕らはいません)』
『(アルファ?屋敷への侵入者は?)』
『(いえ、今のところ、僕ら以外に侵入した者たちは確認されておりません。転移魔法で直接乗り込んだ場合は分かりませんが、建物の中に人が現れたような気配はしませんね)』
『(気配には気付いていても、僕らがどこにいるのか、観測できていないだけでは?)』
今のポテンティアは、前述の通り、壁などのシミと同じ見た目になっていた。部屋の中が、ワルツの工房のように真っ白に光っていれば、即バレるはずだが、少なくとも今彼らががいる部屋の中で、肉眼的に存在がバレる可能性は極めて低かった。床などに本物のシミがあるからだ。ゆえに、ポテンティアたちは、慌てる事なく、自分たちが見つかっていないものとしてミネルバを観察し続ける。
ポテンティアたちが、ジッとミネルバのことを見つめていると、彼女は不安げに周囲を見渡した後で「気のせいかしら……」と言いつつ作業へと戻る。
その様子が面白かったのか、ポテンティアの1体が、こんなことを言い始めた。
『(どうせ、まともと言えるような作業をしていないのは明らかなのですから、妨害しましょう)』
そして彼は、部屋の中に小さな壁の欠片を見つけると、それを放り投げて——、
パチンッ!
——と音を響かせた。所謂ラップ音である。
その瞬間、バッ、とミネルバが後ろを振り返る。しかし、そこにポテンティアたちはいない。
「何の音?!」
『(フフフフ……)』
『(ちょっと、僕?人が悪いですよ?)』
『(さぁ、今のうちに、ミレニアさんとマグネア先生を救出する方法を考えるのです)』
『(他の僕らにも声を掛けましょう)』
ポテンティアたちは、ミネルバの隙を見計らって、ミレニアたちの救出作業を始めた。
しかし、話はそう単純には進まず……。彼らにとって予想外の出来事が起こるのである。




