14.20-18 損失18
ユリアが情報局員らしく、生徒たちのことを言葉で手玉に取っていた——その頃。
ポテンティアの分体が、学院内にあるマグネアの自宅を訪ねていた。ミレニアが女子寮の自室にいなかったので、保護者であるマグネアのところにいるのではないかと考え、探しに来たのだ。
そんな彼は人の姿をしていない。カサカサと動く昆虫の姿だ。理由は特に無い。人として訪ねるつもりはなく、ただ、ミレニアのことが気になったので、確認しに来ただけである。ワルツから指示を出された訳でもない。
『(はてさて、ミレニアさんはどこにいらっしゃるのか……)』
学院の中には、寮が建ち並ぶ区画があって、その隣に教員専用の住居区画が存在した。学院らしいと言うべきか、この世界には珍しく、コンクリート製の高層建築だ。どうやら、建材について研究する人物がいたらしい。
教員専用区画の奥に、3階建ての建物があった。一言で表現するなら洋館。それが、学院長マグネアの自宅である。来賓客を迎える事があるためか、ある程度、豪勢に作られているらしい。
そんなマグネア宅に、ポテンティアがお邪魔する。当然、無許可だ。昆虫である今の彼には、人のプライバシーなど無いに等しいのだ。
とはいえ、ポテンティアは紳士。彼はちゃんと入り口から邸内に侵入した。気密扉でないかぎり、扉には隙間があるので、そこを通って建物中に入る。
『(静かですねー)』
建物の中は静かだった。執事の姿もメイドの姿も無く、その他、マグネアの姿もミレニアの姿も無い。どこかのホラーゲームに出てきそうな無人の洋館といった様子だ。
『(いったい、どうやって建物の中の手入れをされているのでしょう?これほどのお屋敷なのですから、召使いが10人くらいいてもおかしくないと思うのですが、まったく人の気配がしません……)』
ポテンティアが不思議に思いながら建物の中を進んでいると、彼の疑問はすぐに解決する事となる。
ガコンッ……
ドン……ドン……ドン……
『(ほほう?なるほど。ゴーレムですか)』
壁面に飾られていた甲冑が勝手に動く。どうやら、人造のゴーレムらしく、彼らが建物の清掃や手入れをしているらしい。
そんなゴーレムを見たポテンティアが、感心しながら頭の触覚を動かしていると——、
ポーン
——そんな電子音のような音がゴーレムから聞こえてくる。そして彼(?)がこんなことを言い出した。
『害虫を発見。駆除します』
『?!』
ポテンティアは驚いた。まさか、見つかるとは思っていなかったのだ。
しかし、今の彼は、良くも悪くも、平たく素早い親指サイズの黒い昆虫の姿。
『(ほほう?この僕を駆除するというのですか?ゴーレムごときが!)』
その姿を生かした動きで、一瞬で物陰に移動する。
……が、そこでも予期せぬ自体が起こる。
ポーン
『害虫を発見。駆除します』
『は?』
ポテンティアが隠れた先は高そうな壺の影。だというのに、その壺自体から、ゴーレムの声が聞こえてきたのだ。
そう、その壺もまたゴーレムだったのだ。模様の境目から切れるようにしてバラバラになった壺が、人の形に変形して、ポテンティアを追い詰めようとする。
しかし、今のポテンティアは以下略。ゴーレムごときに遅れを取るような遅い存在ではない。いや、むしろ、黒光りをしたリアル害虫など比較にならないほど、ハイスペックな運動性能を有していた。
ビュゥン!!
『(ふん……。まさか、本気を出すことになるとは……)』
ポテンティアの挙動は、もはや人の目に留るような速度ではなかった。廊下を跨ぐ時間は、脅威の0.1秒以下。最早、転移魔法を使っているのではないかと疑うレベルの速度である。
ところが、だ。
ポーン
『害虫を発見。駆除します』
『これもですかっ?!』
ポテンティアが逃げ込んだのは絨毯の隙間。その絨毯が、いきなり喋り始めたのである。絨毯も人造ゴーレムの一種だったらしい。
『(なんですか?!この屋敷は!)』
ポテンティアは驚愕した。そして彼は思う。……まるで、屋敷自体が自分のよう。分体たちが集まって建物を作れば、こんな感じになるのではないか、と。
それもそのはず。学院長マグネアの自宅は、そのすべてがゴーレム。屋敷自体が動く魔法の建物だったのだから。




