14.20-12 損失12
どこか普段と異なるジャックの様子に、ワルツたちは思わず顔を見合わせた。テレサの尻尾を増やして遊んでいたルシアも、尻尾を増やされていた側のテレサも、尻尾の片付けを忘れてしまうほどだ。
まるでゾンビのごとく教室へと現れたジャックは、普段座っている席にフラフラと辿々しく歩み寄り、そしてドサッと崩れ落ちるように椅子へと座った。体力の限界、といった様子だ。もしかすると、限界なのは、彼の精神の方かも知れないが。
そんなジャックを前にワルツたちは戸惑っていたわけだが、そのまま放置することは出来なかったためか、ワルツが代表して話しかける。
「えっと……ジャック?おはよう。なんか貴方……死にそうな顔をしてるけれど、大丈夫?」
ワルツは疑問をオブラートに包まず、ストレートにジャックへとぶつけた。
対するジャックは、「はぁ〜……」と口から魂でも出てくるのではないかと思うほどに深い溜息を吐いた後、ワルツに対し返答する。
「……ミレニアが約束の時間に来なかった」
「えっ……何?デート?のろけ話?」
「ちげぇよ。訳あって俺は……ミレニア専任の騎士みたいなものなんだ。だから毎朝、寮の前で合流して登校する事になってたんだよ」
「(やっぱ、のろけ話じゃない……)」
と思うワルツだったが、実際には彼女が思っているよりも複雑で、ジャックの言っている事は間違っていなかったりする。
それはさておき。ジャックの説明は続く。
「でも、今日は来なくてな……。こんなこと、誓約を交わしてから一度も無かったのに……」
「誓約……?まぁ、いいけど……。風邪でも引いたんじゃないの?(それか、昨日のルシアの仕打ちで、大怪我を負ったか……いえ、それはないか……)」
ルシアの回復魔法攻撃(?)を受けたミレニアは、ワルツから見る限り健康そのもののはずだった。命に別状は無く、目で見ても、X線で見ても、ミレニアの身体にはこれといった異常は無かったのである。
その状態でワルツはミレニアのことをマグネアに引き渡したのだ。何かがあったとすれば、マグネアに引き渡した後、ということになるのだろう。
「アイツが風邪を引くなんて……」
「(いや、それ、サラッとミレニアのことを馬鹿にしてない?)」
そんな事を思うワルツだったが、どうにか口を噤み、別の問いかけを口にする。
「昨日、マグネアと一緒に帰ったんでしょ?その時に聞いたんじゃないの?ミレニアのこと」
「……ああ。怪我は無いから大丈夫だって言ってた。だから、ルシアちゃんにボコボコにされたことが問題だとは思ってないさ」
「(でも本音では、ルシアの攻撃が原因じゃないか、って疑っていそうな言いぶりね?)」
ジャックは、ルシアのミレニアに対する攻撃の瞬間を目撃していたのである。まるで子どもに蹂躙される人形のごとく、回復魔法の衝撃で空を舞うミレニアの姿を前に、ジャックは当時、開いた口が塞がらないほど唖然としていて、自分の目を信じられないほどだった。
それでも、保護者であるマグネアが問題無いというので、彼はルシアの攻撃については一旦脳裏の奥へと追いやったはずだったが……。それでも、ルシアによる攻撃の瞬間は、ある種の恐怖として記憶に焼き付いていたらしく、そうそう忘れられるものではなかったらしい。
マグネアを信じるべきか、それとも素直にルシアによる攻撃が原因だと疑うべきか……。ミレニアが約束の時間に表れないという現状が、ジャックを追い詰めていたようだ。
そんなジャックの内心を察せたのかどうかは不明だが、ワルツは新たな質問をジャックへと向ける。
「そういえばさ、今日、マグネアと会った?彼女、学院長室にいなかったんだけど……」
「いや、見てないな」
「ふーん……(やっぱり、何かあったのかしら?)。もしかして、昨日、ミレニアが暴走したことと何か関係でもあるんじゃない?」
ジャックがルシアの事を疑っていることは明らかだったためか、ワルツはジャックの思考の矛先を変えることにしたらしい。
その効果はてきめんだった。暗かったはずのジャックの表情が、一気に晴れる。
「あっ……そうか!」
「……今更、気付いたの?」
ジャックの驚きようを見て、呆れるワルツ。彼女は内心で頭を抱えたようだ。
そんな時——、
ガラガラガラ……
——教室へと別の生徒がやってきた。ただし、ミレニアではなく別の人物だったようだが。




