14.20-05 損失5
とりあえず、ハイスピアに対し、彼女に合うサイズの服を着せてから。ワルツは上層階——つまりリビングへと上がった。既に、隠し扉になっていないリビングの床扉(?)を上げて、ワルツ、ポテンティア、そしてハイスピアの3人で地下工房から表へと出る。
ワルツたちがリビングへと上がってくると、そこには——、
「おはようございます!ワルツ様!」キラッキラ
——と満面の笑みを浮かべてワルツを歓待するユリアの姿と——、
「「おはよう……ございます……」」ずーん
——ユリアとは対照的に、テンションが地面の下まで沈み込んでいそうなアステリアとマリアンヌの姿があった。アステリアの場合は、昨日、自分の特殊能力に翻弄されて気絶し……。そしてマリアンヌの場合は、ハイスピアのことを殺してしまったと思い込んでいたために、2人とも落ち込んでいたらしい。尤も、ハイスピアはマリアンヌの魔法の影響を受ける前に、大怪我を負って、既に死の淵を彷徨っていたのだが。
そんな中、すべての空気を壊してしまいそうな程に、満面の笑みを浮かべていたユリアが、ハイスピアの姿に気付いて、再び声を上げる。
「おっと、ハイスピア先生もお目覚めだったのですね。おはようございます。ハイスピア先生。私はワルツ様の忠実な僕でユリアと申します。以降、お見知りおきを」
「いやちょっと、ユリア?貴女を私の僕にした覚えは無いのだけれど?というか、自分から率先して、今の情報局長に付いたんじゃなかったっけ?」
と、ツッコミを入れるワルツだったが、ユリアが返答を口にする前に、マリアンヌが驚きの声を上げる。
「ハイスピア先生?!……っ!!」
しかし、そこで、マリアンヌは息を詰まらせてしまう。ハイスピアが生きていた事で感極まったから、というわけではない。今のハイスピアの姿が、余りに痛々しかったのだ。
まるで雪のように白かった肌は、今や白と黒のまだら模様になり、青く透き通っていたはずの目も、今では左眼が真っ黒に染まっていた。髪も同じだ。腰まであった白金色の長髪は、今や10cmも無く、半分ほどが黒く染まり、もう半分は真っ白に脱色していたのである。
その姿は、もはや人間と呼べるような姿ではなかった。物語に出てくるような化け物、あるいは様々な動物をくっつけ合って作ったキメラとさえ言えるような容姿だった。
それがマリアンヌにはショックだったらしい。ハイスピアが生きていること自体は嬉しいが、その見た目を見れば見るほど心が痛む……。マリアンヌはそんな内心を口にはしなかったが、彼女が後悔を抱えているのは誰の目にも明らかだった。
そんなマリアンヌに、ワルツは声を掛けようかと思ったが、その前に動く人物がいた。ハイスピア本人だ。
彼女はマリアンヌの側まで歩み寄ると、ギュッとマリアンヌのことを抱きしめたのである。
「大丈夫ですよ。マリアンヌさん。私の見た目は変わってしまったかも知れませんが、こうして生きています。それに、あなたが魔法を使って私を穴の底に落とすようなことはありませんでした。私はその前に、敵兵に討ち取られ、死んでいたのですから」
「えっ……」
「むしろ、私は、あなたに助けられたのかも知れません。話は聞きました。あなたが敵兵たちを一掃してくれた、と。そのおかげで、私はワルツ先生方に救って貰うことが出来たのです。感謝こそしても、恨むようなことは絶対にありません。ありがとう、マリアンヌさん」
「……こちらこそ、ありがとう……ございます……。生きていてくれて……嬉しいです……」
マリアンヌはハイスピアの温もりを確かめるように、彼女の胸に顔を埋めた。そこから感じられる体温は、紛れもなく生きている人間の証。この時、マリアンヌの心は、ようやく救われたと言えるのかも知れない。
一歩で、ワナワナと震え続けていた者もいる。アステリアだ。彼女は一番大事と言えるときに気を失い、ハイスピアを助ける事も、戦力になる事もできなかったのだ。一体自分は何のためにここにいるのか……。そんなことを考えて、人知れず絶望していたようである。
しかも、残念な事に、そんな彼女の心を理解出来る者はその場にはいなかった。アステリア自身が悩みを口にしなければ、誰にも伝わらないのだから当然だ。
ゆえに、アステリアは思う。
「(私の居場所はここにはないのでは……)」
彼女がそう考えたときの事だ。
「も……もふっ……!」
ぎゅっ!
突然、誰かに、後ろから抱きつかれる。
そして、それと同時に——、
「ちょっと、テレサちゃん。寝ぼけるのも大概にしてよね」
ズドォォォォン!!
「ぐへっ?!」
——アステリアに抱きついた人物は地面に沈み込んでしまった。
だって、ほら、モフリティーが……!




