14.20-04 損失4
「ぜぇはぁぜぇはぁ……」わなわな
飛び起きたハイスピアは、自分が全裸である事を気にする事もなく、自分の震える手を見下ろした。
「わ、私……生きてるっ?!」
「なんか……一気に色々と記憶が戻ってきたみたいですね」
ワルツは察した。ハイスピアが死の直前の出来事を思い出したのだ、と。
「私はあのとき、敵兵に見つかって、それで…………くっ!」
「なるほど……。ただ高い場所から落ちたにしては、異常に大きな怪我を負っていましたが、敵兵と戦ったのですね」
ハイスピアが落下したのは、およそ150mほど。地面が岩盤なら、筆舌に尽くしがたい状態になっていたはずだが、"駅"の穴の底には、既に敵兵たちが詰まっていたので、その上に落下したハイスピアは、ある程度、原型を留めているはずだった。しかし、実際には、同じ"駅"に落下した他の兵士たちよりも、ずっと大きな怪我を負っていて、原型を留めているとは言えない状態になっていたのだ。
それは、単に、落下で負った怪我ではなかった。ハイスピアは、"駅"に落下する前に、すでに死んでいたのだ。それも敵兵に殺され、無数の人々に踏みつけられるなどして。
「よく生きていましたね……」
状況を想像したワルツは、素直に感心した。そんな彼女が感心していたのは、生き返ったハイスピアに対してだけではない。彼女のことを生き返したポテンティアに対しても、大きく感心していたようである。
その当のポテンティアは、嬉しそうに、はにかんでいた。
『いやー、やってみるものですね。"回廊"で偶然会わなければ、多分、ハイスピア先生もミレニアさんも、今頃、この世界にはいなかったと思うのですよー』
「え?」
『いえ、ただの僕ら事——ようするに独り言です』
「貴方って、たまによく分からないことを言うわよね……」
『まぁ、それはそれとして……』
紳士を自称するポテンティアは、くるっとその場で一回転すると、今度は淑女に変身した。とは言っても服装だけだが、それでも、10人が10人、少女だと認めるような見た目に変わった。目の前に全裸のハイスピアがいるので、空気を読んだらしい。
『先生。自分の事は思い出せましたか?』
ポテンティアは、つい先ほどワルツが質問した内容を、再び問いかけた。
するとハイスピアは迷うこと無く、こう口にする。
「私はハイスピア。学院であなた方の先生をしています……いえ、していました。今は教わる側と言って良いかも知れません」
「記憶は大丈夫そうね。寝起きで頭が混乱していただけ、か……。良かったわ?」
とワルツが口にすると、ハイスピアが震える声で、ワルツたちに問いかけた。
「あの……私の身体……どうなっちゃったんですか?」
ハイスピアの歯科医に見える自身の身体は、肌色と黒色の二種類の色で作られた継ぎ接ぎだらけの人形のように、なっていた。疑問を持つのは当然と言えよう。
そんなハイスピアの質問に、ワルツがストレートに返答する。
「簡単に言うと、先生は死んじゃいました。もう、色々とぐちゃぐちゃになって。なので、欠損した部位は、目に見えないくらい小さな機械で補っています。おそらく、数年間くらい回復魔法を受け続ければ、その内、元通りになると思いますよ?(多分ね)」
「そう……なのですか……」にぎにぎ
ハイスピアは、黒くなった自分の手を握ったり、腹部を突いたりして、自分の身体に不具合が無いかを確かめた。
そして——、
「 」ぴたっ
——と固まる。
「……ん?先生?」
『あれ?死んじゃいましたかね?』
「ポテンティア。縁起の悪いことを言っちゃダメよ」
『すみません。一瞬、脳波が取得出来なくなったもので……』
いったい何が起こったのか……。ポテンティアとワルツが、ハイスピアのことを怪訝そうに見つめていると——、
「えへ、えへへへ」ゆらゆら
——ハイスピアの持病が発症した。所謂、現実逃避、である。
「あぁ、うん。術後は良好、と」
『そうですね。ですが、このハイスピア先生の姿を第三者のお医者様が見られたら、頭の異常を——いえ、なんでもありません』
全裸の女性がニコニコしながらユラユラと揺られている姿は、極めてシュールだったが、ワルツもポテンティアも深く考えないことにしたようだ。
記憶喪失の人物は、もういらぬのじゃ。




