14.20-02 損失2
「なんで私の周りは記憶喪失の人が多いのかしら……」
「……?」
「いいえ、何でもありません」
ベッドに横たわるハイスピアの前で、ワルツはハイスピアに対するこれからの治療について考えていた。記憶を取り戻させるのは二の次。それよりも優先して確認すべき事から始める。
「先生、両手で、私の手を握ることは出来ますか?」
ハイスピアの腕は、片方が失われていた。もう片方も千切れ掛かっていて、今は欠損部位をナノマシンたちが補っているという状況だ。
「…………」すっ
「あぁ、ありがとうございます(腕は動かせる、と。どうなっているのかしら?このナノマシン……)」
ハイスピアの腕を構成するナノマシンたちは、彼女の意思通りに動いているようだった。ワルツはナノマシンに対してそのような機能を実装した覚えは無いので、思わず困惑してしまう。
「では、次。指を動かすことは出来ますか?親指、人差し指、中指、薬指、小指……。ゆっくりで良いので動かしてみてください」
「…………」ふにふに
「んー、問題は無し、と……」
最早、ワルツは驚かなかった。この時点において、原理について考えるのは、諦めていたのだ。
ゆえに彼女が注目していたのは、ナノマシンとハイスピアの生体組織の接合点。しっかりと癒着していなければ、そこから亀裂が入り、出血する可能性があったのだ。
今のところ、腕の接合点で出血が起こるようなことはないようだった。ワルツは試しに指で接合点を押してみるが、ハイスピアの肌も、ナノマシンたちも、同じような弾力と温かさがあって、これと言って問題はなかった。
「先生?痛みは?」
「…………」ふるふる
「大丈夫、と……」
接合点に問題は無く、痛みも感じない……。一応念のため、感覚が失われていないかを確かめようと、ワルツはどこからともなく取り出した針で、ハイスピアの肌を突いてみる。
「いたい」
「痛みも大丈夫ですね。ちなみにこちらは……」
「いたい……」
「……そうですか(ナノマシンを突いても痛いって……どんな原理なのかしら?)」
どうやらナノマシンたちにも神経が通っているらしい。各種神経を模擬しているのだろう。
「(これなら……)」
ハイスピアの状態を確認したワルツは、一気に事を進めた。
「先生、起き上がれますか?」
ハイスピアは、紛うことなき重篤患者である。ナノマシンたちがいなければ、死んでいてもおかしくないほどの大怪我を負っているのだ。
そんな彼女を立たせるなどして身体に負荷を与えればどうなるか。普通であれば傷口が開いて、事態が悪化するのは避けられない事だろう。
しかし、ワルツは確信していた。ハイスピアは問題無く立つことが出来るはずだ、と。
対するハイスピアは、ワルツに言われたとおり、ゆっくりと上体を起こす。体重を掛けても、接合点から出血するような事は無く、ナノマシンたちが千切れるような事も無い。
腕以外の部分も問題無く機能しているようで、上体を起こしても、どこからも出血するようなことは無かった。もちろん、骨の接合部が剥がれるような様子もない。
「(ホント、どんなテクノロジーで動いているのかしら……)」
原理を解き明かせば世紀の大発見になるのではないか、と思いつつ。ワルツは、ハイスピアに繋がる各種チューブを切断して、彼女に次なる指示をに伝えた。
「では、先生。立ち上がってみてください。倒れそうになっても——」
私が支えます、と、ワルツが口にする前に——、
スタッ……
——と一人で立ち上がるハイスピア。やはり、これと言って問題は無いようだ。
「あぁ、はい。ありがとうございます……」
ワルツは戸惑いながらも、ホッと溜息を吐いた。ひとまずハイスピアは、寝たっきりにはならず、自分自身の力で生活を送れそうだった。




