14.19-36 強襲?36
最早、逃げ道は無いのか……。ワルツは決断に迫られていた。ハイスピアを隠し通すのは、現状、棘の道。逆に、ハイスピアのことを説明するのは、更に困難を極めた修羅の道……。どちらの選択肢を選んだとしても、無事に窮地を乗り越えられる自信は、今のワルツには無かった。
しかし、今この瞬間、ワルツはどちらかの選択肢を選ばなければならなかった。少なくともミレニアにはバレている上、落ち着きを取り戻したクラスメイトたちの一部が、ミレニアの言葉に耳を傾け始めたのだ。
「(ルシアのフレアを見て混乱状態に陥らないっていうのは、厄介ね……。さすがは特別教室の学生ね)」
せめてここにいるメンバーがミレニアだけなら良いのに……。ミレニア一人なら、多少時間は掛かっても、正確に説明できるはず……。
そう考えたワルツは、ふと気付く。
「あ、そっか」
そして彼女は振り返って、後ろにいた妹に対して言った。
「ルシア?ミレニア以外のメンバーを、学院に転移させることはできる?」
「んー……ミレニアちゃんから魔力が漏れてるせいで、全員は無理かも知れないけど、大体なら……」
「じゃぁ、可能な限りお願い」
ワルツが指示を出すと、クラスメイトたちの姿の大半が消える。ルシアの転移魔法によって、学院に戻されたらしい。
しかしやはり、全員は転移されなかったようだ。残ったのはミレニアを含めて5名ほど。その中に、斥候役をしていたジャックとラリーが含まれていたのは、ただの偶然である。その他、残りの2人は、薬学科の双子だ。
そしてカウントダウンが始まった。目には見えないカウントダウンだ。タイムリミットは、学院からクラスメイトたちが歩いて戻ってくるまで。それまでに、ワルツは、ミレニアたちの説得をしようと心に決めた。
「(5人なら、まぁ、なんとかなるか……)」
ワルツはテレサとユリアに目配せして、幻影魔法の展開を解くよう指示を出した。結果、テレサとユリアは、ワルツから飛んできた無言の指示に気付いて、幻影魔法を止めようとする。
そんな時のことだ。
「あっ?!くっ?!」
突然、ミレニアが胸をおさえて苦しみ始める。
自分たちの周囲からクラスメイトたちがいなくなった事で警戒していたジャックたちは、急に苦しみだしたミレニアを前に驚きが隠せない様子だった。状況的に、ワルツたちが何かをしたとしか思えなかったのだ。
結果、彼らは、ミレニアのことを慮りながらも、ワルツたちのことを警戒する。……が、彼らの視線の先にいたワルツは——、
「えっ……ちょっ……」
——なぜか狼狽えている状態。
その様子を見る限り、ワルツが関与していないのは明白だったが、余りに多くの不可解な出来事が周囲で頻発して起こるので……。彼女の関与を否定できなかったジャックたちは、ワルツたちを警戒しつつも、ミレニアへと駆け寄ろうとする。
しかし——、
「えっ?!あ、危ない!」
ズドォォォォン!!
「「「「っ?!」」」」
——ジャックたち4人は、何か見えない力によって吹き飛ばされた。強烈な力を受けて、地面を何回もバウンドするほどに吹き飛ばされる。が、なぜか怪我は無い。
いったい何が起こったのかと、声の主——ルシアに向かって事情を問いかけようとするが、その前にジャックたちは、ミレニアの周囲で異常が生じていることに気付いてしまう。
ミシミシミシ……
彼女の周りの地面、草木、空気が、音を立てて凍り始めたのだ。
「ミレ……ニア……?」
異様な状態にある幼なじみの姿を見て、ジャックは狼狽えた。
ジャックはまともに魔法は使えない。使えるのは身体強化の魔法だけで、魔力を感じる事はほとんどできないのである。そんな彼でも、今のミレニアから漏れ出る魔力はハッキリと感じられていて、真夏の太陽にジリジリと肌を焼かれるような異様な感覚に、眉を顰めてしまう。
「ミレニアッ!!」
大声で名前を呼ぶが、返事は無い。ミレニアは、胸を押さえて、蹲っている状態。彼女からは、冷気の属性に染まった魔力が吹き出ており、周囲の世界をジワジワと氷付けにしていく。
「いったい何が……」
思わず疑問を口にしたジャックに対して、ワルツが問いかける。
「ちょっと、ジャック!何が起こっているのか分からないの?!」
「お前たちが原因じゃ無いのかよ?!」
「んなわけないでしょ!確かに、貴方たちを吹き飛ばしたのはルシアの回復魔法だけど、それは貴方たちを守ろうとしてのこと。ミレニアの魔力が暴走し始めた事とはまったく関係無いわ!」
「は?」
回復魔法で人を吹き飛ばすとは、一体何を言っているのか……。やはりワルツの説明は、ジャックたちには通じなかったようだ。
だが、今は、些細な事だった。
ミレニアの魔力の暴走が——、
「あああああ…………うわああぁぁぁあっ!!」
ドゴォォォォッ
——さらに悪化したからだ。




