14.19-34 強襲?34
そして……。
ユリアに対して指示を伝え終えたワルツは、何事も無かったかのようにミレニアに返答する。
「ハイスピア先生がどうかしたの?」
元々のミレニアの問いかけは、酷く漠然とした「ハイスピア先生は?」という言葉だけだった。ワルツはその問いかけの答えを、質問で返したのである。
対するミレニアは、その先の言葉を口にするのを躊躇うが、目の前にいたハイスピアが何も言わないことに不信感を抱いたのか、疑念をそのまま口に出した。
「……斥候に出していたジャックとラリーからの報告で、ハイスピア先生が大怪我を負っていたのを見た、って聞いたのだけれど?」
対するワルツは、表情を変えること無く、淡々とミレニアにこう言った。
「見ての通りよ?」
副音声は「目の前にハイスピア先生がいるのだから、怪我なんて負っているわけないじゃない。見て分からないの?」である。
それはミレニアにも伝わっていた。それでもやはりハイスピアがまったく喋らない事に、ミレニアは疑問を抱かざるを得なかったようだ。
「見ての通り……ね。確かに元気そうではあるけれど……先生?どうして先ほどから黙っておられるのですか?」
ミレニアはストレートに問いかけた。ワルツとユリアにとっては正念場だ。
結果、ユリアが取った行動は——、
「…………」
——だんまり、である。それがワルツからの指示だったのだ。
ただし、ただ黙り込んでいたわけではない。彼女は黙ったまま、左右にユラユラと揺れていたのだ。
「……なるほど。混乱されているのですね。それほどにショックを受けることが……」
黙って揺れているハイスピア(?)を見て、ミレニアは納得した様子だった。他のクラスメイトたちも、特に疑問を持った様子はない。
それを見ていたワルツとユリアは、策が嵌まりすぎて、「それでいいのか?!」とツッコミを入れそうになっていたようだが、表情には出さず、どうにか耐える。そして彼女たちは思った。……普段からハイスピアが特異な行動をしてくれているおかげで、助かった、と。
ところが、そう上手くいかないのが世の常。想定外の出来事が起こる。
「うぅん……」
今まで横たわっていたハイスピアが、幸いと言うべきか、最悪のタイミングと言うべきか、目を覚ましてしまったのだ。
「(えっ……もう少し寝ていてくださいよ……)」
しかし、起きてしまったものは仕方がないので、ワルツは証拠隠滅(?)を図ることにしたようだ。転移魔法を使ってハイスピアをどこか遠くに移動させるよう、ルシアに視線で指示を出す。
対するルシアもハイスピアが目を覚ました事には気付いていて、ワルツの視線の意図も理解していたようだが——、
「ご、ごめん、お姉ちゃん!今、それどころじゃない!」
——彼女は何やら両手を左右に広げて、プルプルと震えていた。
その様子にはワルツも他のメンバーも、そしてミレニアなどのクラスメイトたちも、怪訝そうに眉を顰める。いったいルシアに何が起こっているというのか……。
「ルシア?どうかしたの?」
ワルツは妹に問いかけた。問いかけつつ、転移魔法陣を展開し、ハイスピアの事を転移させようとする。
しかし——、
「ダ、ダメ!お姉ちゃん!これ以上、場の魔力を乱さないで!」
「えっ?」
——ルシアがワルツの転移魔法陣を止めようと声を上げた。
そんな時のことだ。
ズドォォォォン!!
上空で大爆発が起こる。まるでその場に太陽が現れたかのような爆発だ。ルシアがオートスペルで展開している不可視の人工太陽の一つが暴発したらしい。
その瞬間、爆風が周囲に吹き荒れるが、ワルツがどうにか風の流れをコントロールして、人的な被害が出ないよう配慮する。そう、人的な被害は。
いったい何が起こったのか……。ワルツがルシアに問いかけようとしたそんな時。
「えっ……」
ミレニアの方から声が上がった。何かに驚いたような声だ。
そう、今までワルツたちが隠していたもの——本物の方のハイスピアの姿が露わになってしまったのだ。テレサによって展開されていた幻影魔法が、ルシアの"くしゃみ"とも言える人工太陽の爆発の余波を受けて、吹き飛んでしまったのである。ついでに言うと、ユリアの幻影魔法も揺らぎ、彼女の本当の姿が一瞬だけ露わになる。
状況がすべてひっくり返るには、十分な出来事だった。




